自由が丘 清澤眼科について

[No.288] 街路樹にも葉はなく、澄み切った青空ですが寒い朝です。

清澤のコメント:街路樹にも葉はなく、澄み切った青空ですが寒い朝です。一月は開院3か月めでしたが無事に診療を終了できました。1月は休日も多く実診療日が20日で患者さんの伸びは今一つという所でした。外来では、暇に飽かせてブログの加筆を進めています。

◎今日はエッシェンバッハジャパンの佐藤さんがFL-41遮光眼鏡の案内にご来院くださいました。先日、このブログに短く紹介した製品です。眼瞼けいれんなど羞明の強い患者さん向けの製品で3月発売だそうです。

◎1月31日から月末の月曜日午後に神経心理学の小野木先生のカウンセリングを再開します。通常の診療の中で行うセッションとあらかじめ長めの時間を予約いただき保険外でカウンセリングを行うセッションを用意することを並行して検討しています。

◎今日から自由が丘清澤眼科医院での清澤の火曜日の診療を自由が丘で開始します。(ただし、来週火曜日2022年2月8日は職員研修のため臨時休診です)

◎及川泰久さんが約30分の街頭演説を自由が丘駅前で行ったそうです。日本人の選挙への参加割合が低く、高齢者に偏っていることを危惧しておられました。中国共産党の日本に対する影響力の増大に危機感の持っておいでです。みんなを仲間に入れればよいというものではなく、外国人の一時的な入境者に選挙権を与えれば、辺境で人口の少ない地域の首長を気概の勢力が奪うことは簡単であるという指摘にはそうかと思いました。内政干渉を禁じたWestpharl条約にも言及していました。

Westphal条約【ウエストファリア条約】 1648年フランス・スウェーデン・ドイツの諸国間で締結された三十年戦争の講和条約。国際条約の最初といわれる。カルバン派は承認され、スイス・オランダは独立。:ウィキペディアによると:三十年戦争はカトリック派諸国、とりわけハプスブルク家の敗北によって終わった。この条約で新教徒(特にカルヴァン派)の権利が認められ、帝国議会や裁判所におけるカトリックとプロテスタントの同権が定められたこと、またカトリックの皇帝が紛争を調停する立場にあるわけではないことが確定したことで、ドイツでは紛争を平和的に解決する道が開かれた。このため最後の宗教戦争と言われる

ドイツは、帝国内の領邦に主権が認められたことにより、300に及ぶ領邦国家の分立が確定した。また皇帝の権利は著しく制限され、いわば諸侯の筆頭という立場に立たされることとなった。これにより、ハプスブルク家は依然として帝国の最有力諸侯として帝位を独占したものの、帝国全体への影響力は低下し、自らの領地であるオーストリア大公国やボヘミア王国・ハンガリー王国などの経営に注力せざるを得なくなった(ハプスブルク君主国)。その一方で、帝国の組織は保存され、それら領邦国家の保存・平和的な紛争解決手段として活用されることとなった。

この条約で多くの利益を得たのは、ベールヴァルデ条約で結ばれていたフランスとスウェーデンである。デンマーク、イングランド(ピューリタン革命の中途)はプロテスタントでありながら戦勝国に加われなかった。また、カトリックのスペイン・ハプスブルク家がこの戦争を通して勢力の減退を印象づけ、以後は没落の一途をたどる

 

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