緑内障

[No.1136] 正常眼圧緑内障、網膜アストロサイトが新たな治療標的候補に:記事紹介

清澤のコメント:日本人では緑内障の中でも眼圧が高くない正常眼圧緑内障が多い。眼圧以外に緑内障の発症に関連する要素の研究は長年行われてきたが、その答えは不明で「視神経の脆弱性」などと言われて来た。今回の研究は、その本質に迫るものであって、網膜アストロサイトの異常を問うものです。別疾患ですが、最近はアストロサイトに対する抗体が産生される視神経炎(NMOSD 清澤注1)も研究されており、この異常な網膜アストロサイト原因説は今後さらに注目されそうです。

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正常眼圧緑内障、網膜アストロサイトが新たな治療標的候補に-山梨大ほか

2022年11月08日 AM11:13

日本人患者の多くが「正常眼圧緑内障」に相当、眼圧以外の治療標的は?

山梨大学は11月4日、網膜アストロサイトの機能異常が正常眼圧緑内障を引き起こすことを発見したと発表した。この研究は、同大大学院総合研究部医学域薬理学講座の小泉修一教授、篠崎陽一准教授、同大大学院総合研究部眼科学講座の柏木賢治教授、同大総合分析実験センターの瀬川高弘講師、社会医学講座の三宅邦夫准教授、ロンドン大学(UCL)眼科学研究所のルング・アレックス氏(大学院生)、大沼信一教授、東京都医学総合研究所の原田高幸参事研究員、生理学研究所超微形態研究部門/自治医科大学解剖学講座の大野伸彦教授、新潟大学大学院医歯学総合研究科脳機能形態学分野の竹林浩秀教授らが行ったもの。研究成果は、「Science Advances」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

緑内障は、日本における中途失明原因第一位の疾患。有病率は40歳以上で約5%といわれており、その割合は加齢に伴いさらに上昇する。緑内障における失明は、視覚情報を脳へ伝達する網膜神経節細胞(RGC)の障害によって引き起こされると考えられている。緑内障発症の最大のリスク因子の1つとして、眼圧がある。眼圧が上昇することにより、視神経が傷害されやすくなると考えられている。従って、緑内障の進行を遅らせるための治療として眼圧を下げる処置がとられている。すでに複数の眼圧を下げる点眼薬が治療に用いられているが、単一の薬剤では効果が不十分な場合があること、薬剤の効果が徐々に減弱する場合があること、眼圧を十分に下降させても症状が進行してしまう場合があることのほか、さまざまな副作用などの問題があった。また、日本人の緑内障患者の多くは眼圧が正常値である正常眼圧緑内障に相当するため、眼圧以外の新たな治療標的の探索が喫緊の課題になっている。

先行研究でABCA1の一塩基多型と緑内障発症リスクに相関が判明

緑内障は、加齢、人種、喫煙、高血圧、糖尿病、家族歴などのさまざまな危険因子が影響する多因子疾患だ。危険因子の1つとして遺伝的要因があり、遺伝的要因と疾患の発症のしやすさを調べる研究であるGWASにより、ABCA1遺伝子の一塩基多型と緑内障発症リスクに相関があることが明らかとなっている。ABCA1が何らかの形で緑内障発症に関わることは推察されるが、ABCA1機能の欠損または異常な機能の獲得のどちらが大事なのか、緑内障リスクとして最も良く知られる眼圧に影響するのか否か、ABCA1は眼のどの細胞に発現して緑内障に寄与するのか、などメカニズムについてはほとんど明らかになっていない。

正常眼圧にもかかわらず、ABCA1機能欠損によりRGCが傷害される

研究グループはまず、ABCA1機能の欠損または異常な機能の獲得のどちらが緑内障発症と関わるのかについて検討を行った。このことを明らかにするため、ABCA1を全身性に欠損するマウス(ABCA1KOマウス)を用いて、RGCへの影響を調べた。その結果、正常なマウス(野生型マウス)に比べて、ABCA1KOマウスの網膜では、12か月齢においてRGCの数が有意に減少することを発見した。また、細胞死を起こしている細胞を標識してみると、野生型マウスに比べてABCA1KOマウスの網膜では、細胞死を起こしているRGC数が有意に増えていた。次に、ABCA1KOマウスの眼圧が変化するかを評価したところ、野生型マウスの眼圧と比べて顕著な上昇は見られなかった。これらの結果より、ABCA1の機能欠損が眼圧の上昇とは独立に緑内障発症に寄与する可能性が考えられた

アストロサイトに発現のABCA1を欠損するマウスで正常眼圧緑内障様の症状

次に、研究グループはABCA1がどの細胞に発現するのかをさまざまな手法を用いて評価した。その結果ABCA1は、網膜最内層および視神経に分布する非神経細胞であるグリア細胞の1種であるアストロサイトに豊富に発現することを発見した。アストロサイトに発現するABCA1を欠損するマウス(AstroKO)を作出して評価を行ったところ、AstroKOマウスでも12か月齢でコントロールマウス(Ctr)に比べてRGC数が有意に減少し、死細胞数が増加した。また、AstroKOマウスの眼圧は、Ctrマウスと比べて顕著な上昇を示さなかった。

これらの結果から、研究チームはAstroKOマウスが正常緑内障様の症状を示すのではないかと考え、緑内障を特徴づける解剖学的・機能的所見を評価した。12か月齢のAstroKOマウスは、野生型マウスに比べて顕著に網膜内層の菲薄化を示し、多局所網電図による視覚応答が顕著に減弱していた。以上の結果より、AstroKOマウスは正常眼圧緑内障様の症状を示すことが明らかになった。

ABCA1欠損<Grin3a発現減少<過剰な神経興奮と興奮毒性<神経細胞死

さらに、分子メカニズムを明らかにするため、研究チームは1細胞RNAシークエンスによる解析を行った。その結果、ケモカインと呼ばれる分子がRGCとアストロサイトで共通して変化することを見出した。網膜内での発現を見てみると、例えば、CXCL12 (CXCR4を活性化するケモカイン)がアストロサイトに発現し、それがAstroKOマウスでは顕著に増加していた。一方、RGCの詳細な解析から、特定の細胞集団が特に傷害を受けやすいことを発見した。RGCは、1細胞解析から2つの亜集団に分類できた。興味深いことに、ABCA1を欠損するとRGC-1と名付けた亜集団のみが特異的に減少することがわかった。RGC-1の遺伝子発現変化を詳細に解析すると、イオンチャネル型グルタミン酸受容体サブユニットの1つであるGrin3a(NR3Aをコードする遺伝子)の発現がABCA1欠損で大きく減少していた。NR3Aはグルタミン酸による神経興奮を抑制するため、その発現低下は過剰な神経興奮と興奮毒性による神経細胞死をもたらすものと考えられた。

今回の結果は、世界で初めて網膜や視神経に存在するアストロサイトが緑内障、特に正常眼圧緑内障の発症の原因となる可能性を実験的に示したもの。「これまで、眼圧を下げる治療薬に注目が集まっていたが、新しい治療標的としてアストロサイトを見出すことができた。今後、アストロサイトの機能を制御する新たな緑内障治療薬の開発が期待される」と、研究グループは述べている。

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【用語説明】

[1] 正常眼圧緑内障
緑内障は、網膜神経節細胞(RGC)と呼ばれる網膜の神経細胞が傷害される事によって、次第に視野が欠損していく病気です。眼圧上昇が最も良く知られたリスク因子の1つですが、アジア人、特に日本人では緑内障患者であっても多くの方の眼圧が正常範囲内に収まる事から、眼圧以外の要因がこの病気の原因である可能性が考えられます。

[2] ゲノムワイド関連解析 (GWAS)
私たちの遺伝子はDNAの塩基配列(A、T、C、G)の組み合わせによってコードされていますが、同じ遺伝子をコードする配列でも人によって塩基のごく一部が異なる場合があります。これを一塩基多型(SNPs)と呼びますが、GWASはゲノム全体をカバーするほどの広い領域におけるSNPsの頻度を検出し、その頻度と疾患との関連性を統計学的に調べる方法です。この解析により、特定の遺伝子と疾患のリスクとの関係を推定します。

[3] ATP-binding cassette transporter (ABCA1)
ABC輸送体と呼ばれる膜タンパク質の1つです。ATPのエネルギーを用いて様々な化合物を細胞膜内外へと輸送します。ABCA1は、遊離脂肪酸やコレステロールなどの脂質を細胞外へと輸送してアポリポタンパクEなどに受け渡します。ABCA1はその他にも貪食作用、飲食作用、免疫細胞機能、開口放出、細胞内シグナル伝達、抗炎症作用など様々な機能を調節します。

[4] グリア細胞
脳などの中枢神経系を構成する細胞の1種です。ヒトでは神経細胞よりも数が豊富です。グリア細胞は、神経細胞のように電気生理的な興奮性を示さないので、静的で活動しない細胞と考えられて来ましたが、近年までの研究から非常に活発に活動している細胞である事が明らかとなっています。グリア細胞にはアストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイトなどが含まれます。

[5] アストロサイト
グリア細胞の1種です。最も大きく、数も多い細胞種です。これまでは脳内の支持及び恒常性維持の役割を担うと考えられてきましたが、最近は脳の情報処理にも積極的に関与する事が明らかとなっています。アストロサイトは網膜の最内層表面や視神経の周囲にも存在します。網膜実質内には、アストロサイトに似たミューラー細胞も存在します。

[6] 1細胞RNAシークエンス
1細胞RNAシークエンスは、網膜など組織内の細胞を1つ1つ分離して、それら1つの細胞が保持しているメッセンジャーRNAの状態や量を網羅的に調べる方法です。得られた量的情報をデジタル化し、情報学的に解析(バイオインフォマティクス)する事によって医学生物学的メカニズムを客観的かつ網羅的に解析する事ができます。

[7] ケモカイン
ケモカインは、サイトカインと呼ばれる細胞間情報伝達物質の1種で、塩基性タンパク質です。白血球などの遊走を引き起こし、炎症を惹起します。

[8] NR3A
NR3Aは、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体を構成するサブユニットの1種です。NMDA受容体は、NR1及びNR2またはNR3サブユニットで構成され、イオンチャネルを形成します。生体内ではグルタミン酸が結合して活性化します。NR3はドミナントネガティブ型とも呼ばれ、イオンチャネルの活性を抑制します。

研究内容の詳細

正常眼圧緑内障発症の治療標的を発見-網膜アストロサイトの機能異常が正常眼圧緑内障を引き起こす-(PDF:1.0MB)

論文情報

【掲載誌】Science Advances
【論文タイトル】Astrocytic dysfunction induced by ABCA1 deficiency causes optic neuropathy
【著者】#Youichi Shinozaki, #Alex Leung, Kazuhiko Namekata, Sei Saitoh, Huy Bang Nguyen, Akiko Takeda, Yosuke Danjo, Yosuke M Morizawa, Eiji Shigetomi, Fumikazu Sano, Nozomu Yoshioka, Hirohide Takebayashi, Nobuhiko Ohno, Takahiro Segawa, Kunio Miyake, Kenji Kashiwagi, Takayuki Harada, Shin-ichi Ohnuma*, and Schuichi Koizumi*
#共同筆頭著者、*責任著者
【DOI】 10.1126/sciadv.abq1081

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清澤注1

視神経脊髄炎スペクトラム障害について:パンフレット紹介、そのⅠ

清澤注2:

ミクログリアと星状細胞の機能とコミュニケーション: ヒトについてわかっていることは?

https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fnins.2022.824888/full

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