◎ 感覚過敏はなぜ起こるのか
― 脳の研究から見えてきた「ビジュアルスノウ症候群」の新しい理解 ―
私たちは日常生活の中で、光や音、動き、触覚など、さまざまな感覚情報を受け取りながら生活しています。通常は、必要な情報だけを脳がうまく選び取り、不要な刺激は自然に「無視」されています。しかし、この調整がうまくいかなくなると、感覚が過剰に入り込み、強い不快感や疲労感を生じることがあります。これを「感覚過負荷(センサリーオーバーロード)」と呼びます。
最近、アメリカの大学による脳画像研究で、感覚過負荷の背景にある脳の働きについて重要な報告がありました。この研究では、「前部島皮質(ぜんぶとうひしつ)」と呼ばれる脳の部位が、通常よりも過剰に活動していることが示されました。この部位は、視覚や聴覚などの感覚情報に加え、感情や注意、思考を統合する“司令塔”のような役割を担っています。
注目すべき点は、この脳の過活動が、何もしていない安静時にも見られたことです。つまり、外から強い刺激がなくても、脳が常に「警戒モード」に入り、感覚情報を過剰に処理し続けている可能性が示されたのです。その結果、本来なら気にならない光や音まで強く意識され、疲れやすくなったり、不快感が増したりすると考えられます。
この研究は主に「音」の感じ方を調べたものですが、その結果はビジュアルスノウ症候群の理解にも大きく関係しています。ビジュアルスノウ症候群では、視界にテレビの砂嵐のような細かいノイズが常に見えるだけでなく、まぶしさ、音への過敏、動きに対する違和感など、視覚以外の感覚のつらさを伴うことが少なくありません。ショッピングモールの強い照明、人混みのざわめき、点滅する映像などが、強いストレスになる方も多くいらっしゃいます。
これまでの研究でも、ビジュアルスノウ症候群の方では、この前部島皮質を含む感覚調整ネットワークのつながり方に特徴があることが報告されてきました。今回示された「島皮質の過活動」は、感覚をうまくふるいにかけられず、すべてを一度に処理しようとしてしまう脳の状態を説明する手がかりになるかもしれません。その結果、日常の環境が必要以上に刺激的で、落ち着かないものとして感じられるのです。
こうした理解が進むことで、将来的な治療の可能性も広がります。脳の働きをやさしく整える神経調整の方法や、刺激への向き合い方を工夫する行動療法などが、感覚のつらさを軽減する手助けになる可能性があります。まだ確立した治療法はありませんが、「気のせい」ではなく、脳の働き方の特徴として説明できるようになってきたことは、大きな前進です。
ビジュアルスノウ症候群や感覚過敏でお悩みの方にとって、こうした研究が、安心して症状を理解し、対処を考えるための一助となることを願っています。
このニュースレターで更に読むとして紹介されている研究は:
背景
私たちは日常生活の中で、周囲が騒がしい状況でも相手の話を聞き分けています。しかしこの「雑音の中で言葉を聞き取る力」は、年齢とともに低下することが知られています。ビジュアルスノウ症候群の患者さんでも、「音や光がうるさく感じる」「情報が一度に入ってきて疲れる」といった感覚過敏がしばしばみられます。今回紹介する研究は、こうした感覚処理の背景を“脳のつながり”という視点から調べたものです。
目的
雑音のある環境での聞き取り能力(Speech in Noise:SIN)が、脳のどの部位のつながりと関係しているのか、また年齢の影響をどの程度受けているのかを明らかにすることが目的です。
方法
研究では、安静にしている状態での脳MRI画像(resting state MRI)と、聴覚に関係する神経線維の状態を示すDTI(拡散テンソル画像)を用いました。あわせて、雑音下での聞き取りテスト(QuickSIN)を行い、成績と脳の画像所見との関連を、年齢の影響を考慮した場合としない場合で比較しました。
結果
雑音の中で言葉を聞き取りにくい人では、一次聴覚野と「言葉を理解する脳の領域」との結びつきが強い傾向がみられました。一方、聞き取り成績が良い人では、左右の聴覚野どうしの連携が強く見えましたが、これは主に年齢の影響によるものでした。
特に注目されたのが島皮質(insula)という部位で、年齢の影響を補正すると、この領域の一部が右耳の聞き取り能力と有意に関連していました。島皮質は、感覚情報を統合し、「うるさい」「不快だ」といった主観的な感覚にも深く関わる場所です。
結論
雑音下での聞き取り能力は、単なる耳の問題ではなく、脳内ネットワーク、特に感覚を統合する島皮質の働きと関係していることが示されました。また、多くの脳画像の変化は聞き取り能力そのものより「加齢」の影響を強く受けていました。
これは、ビジュアルスノウなどでみられる感覚過敏が、「脳が常に情報に敏感になりすぎている状態」として理解できる可能性を示唆します。
出典
Wack DS, et al. Speech in noise listening correlates identified in resting state and DTI MRI images. Brain and Language, 260, 105503, 2025.
DOI: 10.1016/j.bandl.2024.105503



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