眼科医療経済等

[No.3688] 米国での医学部入学前に始まる眼科の「表象の格差」とは?:論説紹介

清澤の追記:最初に「表象の格差(ひょうしょうのかくさ、representation disparity)」を説明します。これは、ある集団が社会や制度の中で適切に「代表されていない」状態を指します。具体的には、性別、人種、民族、社会経済的背景などにおいて、人口比に見合った人数が特定の分野や地位に存在していないことを意味します。此の論説では、米国で医師として眼科に進める人の中で女性、黒人、ヒスパニックの割合が少ないとされ、逆にアジア人の比率が多いことが指摘されています。そうかと思う反面、米国におけるかつての黄禍論(かつて1930年代は日本人がその対象でしたが、今は中国人がその対象かもしれない。)の再燃も恐れられないか?と感じます。

医学部入学前に始まる眼科の「表象の格差」とは?

眼科の専門医を目指す学生において、性別や人種・社会的背景によって進路選択の傾向に偏りが生じている――このことに注目したのが、今回のJAMA Ophthalmology誌の論説です。著者らは、「眼科を目指す人が誰なのか、そしてなぜそれが問題なのか」を明らかにしようとしています。

なぜ多様性が必要なのか?

眼科は手術を含む専門性の高い領域であり、限られたポジションをめざす多くの医学部生の競争が激しい分野です。しかしその一方で、女性や黒人、ヒスパニック系、社会経済的に不利な家庭出身の学生が眼科を志す割合は有意に少ないことが、複数の調査で示されています。

入学前から既に「興味の差」がある

著者らは、米国の医学生10万人超のデータを解析。その結果、医学部に入学する時点で、既に女性・黒人・ヒスパニック系の学生は眼科に対する関心が他の層よりも低い傾向にありました(例:女性の眼科志望オッズ比0.71)。そして、卒業時にはさらにその差が拡大する傾向も認められました。

また、家庭の経済状況も大きな要因で、親の収入が低く、教育費の負担が大きい学生は、眼科を選ぶ可能性が低くなることがわかりました。

なぜこのような偏りが起こるのか?

いくつかの仮説が提示されています。

  • 医師の親がいることで、眼科に接する機会が早くからある(特に眼科医の親を持つ学生は過剰に多い)

  • 個人的な眼科治療の経験がないと、この分野への関心が芽生えにくい

  • 眼科が「社会貢献」や「地域医療」と距離のある分野とみなされている可能性(El-Jackらの指摘)

これらのことから、単に医学部に入ってからの教育だけでなく、もっと前の段階からの支援や啓発が重要であることが浮かび上がります。

アジア系学生の傾向と近視

興味深いのは、アジア系学生が眼科に対して強い関心を示す傾向にあることです。アジア系は眼科志望者としては「過大評価」されており、その背景には東アジア地域での小児近視の有病率の高さ(世界全体の69%)が影響している可能性も指摘されています。

早期介入がカギ:多様な人材を眼科へ

こうした「偏り」に対抗するには、医学生になる前の段階からの働きかけが不可欠だと著者らは述べています。具体的には以下のような施策が挙げられています:

  • 高校生・大学生向けのボランティアやインターン機会の提供

  • ギャップイヤー(大学卒業後、医学部入学までの期間)を活用した実地経験

  • 眼科が全身疾患と関係しうることの啓発(糖尿病、甲状腺疾患など)

つまり、「眼科は目だけを診る」職種ではなく、幅広い臨床能力が求められ、かつ社会に貢献できる魅力的な分野であることを早期から伝える必要があるのです。


まとめ

この論説は、眼科が多様性に欠ける背景には、医学部入学前からの表象格差が関係しているという新たな視点を提供しています。今後、眼科界がより幅広い人材を迎え入れるには、早期の啓発と支援がカギになるでしょう。眼科関係者として、次世代を見据えた取り組みに目を向ける必要があります。


出典

Shu C, Hou MY, Yiu G. The Representation Problem in Ophthalmology Before Medical School. JAMA Ophthalmol. Published online June 26, 2025.

doi: 10.1001/jamaophthalmol.2025.1698

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