原始的なケア ― 医療と健康意識の「間」にある新しい空間
最近、40代前半の女性が友人から「ホルモンやビタミン不足では?」と助言され、ネットで症状を検索し、民間の検査機関でビタミンパネルを注文、サプリメントを始めました。何年も医師の診察を受けていない彼女は、「本当に医師に行く必要があるのか」と迷っていました。
このような行動は、医療でも公衆衛生でもない――チャン医師はこれを「原始的なケア(primordial care)」と名付けています。
■ 医療に入る前の「健康行動」
公衆衛生は社会全体の健康を守る仕組みです。たとえば、禁煙政策や学校給食の改善、運動を促す都市設計などがその例です。一方、プライマリケア(primary care)は医療制度の中で、医師や看護師が予防・診断・治療を行う最初の接点です。
これに対し、「原始的ケア」はその前段階。個人が自らの健康に関心を持ち、医師にかかる前にネット検索、ウェアラブルデバイスの利用、サプリメントの摂取、SNSや友人からの助言を通じて、自分の健康を探る行動を指します。
■ デジタル時代が生んだ“医療の前の医療”
今や誰もがスマートフォンで症状を検索し、AIやSNSでアドバイスを得られます。これらは一見「原始的」とはいえ、実際には高度にテクノロジー化された「自己探索行動」です。
この段階にある人々は、自らの症状を「病気」とは思わず、「より良く生きるための工夫」と捉えています。しかし中には、医療への不信やコスト、偏見などが理由で、正式な医療にアクセスできない人もいます。
■ ウェルネス産業の光と影
こうした原始的ケアの多くは、ウェルネス産業に吸収されています。サプリメント、オンライン診断、健康アプリ、遠隔検査などが手軽に利用でき、自己管理の力を与える一方で、誤情報や過剰な支出、重い病気の見逃しなどの危険もはらんでいます。
米国では、年間約2万3千件の救急外来受診が栄養補助食品による有害事象に関連しているという報告もあります。つまり、「安全そう」に見える健康行動も、科学的検証が欠けている場合が少なくないのです。
■ 医療と原始的ケアをつなぐために
チャン医師は、医療者がこの「原始的ケア」の存在を認識する必要があると指摘します。多くの人の健康の旅はこの段階から始まります。
もし医療がこの層を無視すれば、患者はアルゴリズムや広告、マーケティングに導かれ、誤った方向に進む危険があります。逆に、ここに医療者が関与できれば、より早い段階で信頼を築き、適切な医療への橋渡しが可能になります。
■ 眼科医としてできること
たとえば「最近目が疲れる」「サプリで改善するかも」と思う患者は多いでしょう。こうした人々が検索や自己判断だけで終わらず、医師と安全に情報を共有できる仕組みを整えることが、現代のプライマリケアの新しい課題です。
眼科でも「ブルーライト」「ドライアイ」「視力回復トレーニング」など、原始的ケアの領域にある話題があふれています。医師はその情報の真偽を冷静に伝え、適切な受診への“橋”を築く役割を担う必要があります。
まとめ:
原始的ケアとは、医療の外で人々が自分の健康を探る「最初の一歩」です。この新しい健康行動の層を理解し、医療者がそこに寄り添うことで、患者の信頼を取り戻し、より良い健康管理への道を開くことができます。
出典:
Beverly G. Tchang, MD. “Primordial Care — The Space Between.”
JAMA. Published online October 6, 2025. doi:10.1001/jama.2025.18459
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