米国メディケアに広がる「事前承認制度」──その目的と懸念
米国では、医療費の高騰を抑えるため、保険で高額医療を受ける際に「事前承認(Prior Authorization)」という仕組みがあります。これは、医師が検査や治療を行う前に、保険会社が「本当に必要か」を審査し、承認されなければ保険が使えない制度です。
目的は、不必要な医療行為や詐欺的請求を防ぐことですが、実際には「治療の遅れ」や「必要な医療の拒否」が生じるとの批判もあります。
これまで、民間保険や「メディケア・アドバンテージ」(民間が運営する高齢者医療プラン)では広く行われていましたが、政府直営の従来型メディケアではほとんど使われてきませんでした。しかし、米国政府は医療費削減と不正防止のため、2026年から新たに「WISeRモデル(Wasteful and Inappropriate Services Reduction Model)」を導入することを決めました。
新制度「WISeRモデル」の仕組み
WISeRモデルは、人工知能(AI)や機械学習を活用し、独立した民間企業が事前承認プロセスを代行する仕組みです。対象となるのは、膝関節鏡手術や代替皮膚など「高額で不必要とされやすい治療」が中心で、6州で試験的に実施されます。
医師は事前承認を申請してもよいし、リスクを承知で申請せずに治療を行うことも可能です。ただし、事後審査で却下されれば費用の返還義務が生じます。
この制度では、AIによる自動判定を基本としつつ、最終的な拒否判断は必ず人間の医師が確認することとされています。
期待と問題点
この制度によって、無駄な医療支出を減らせる可能性があります。一方で、次のような懸念も挙げられています。
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透明性の欠如
通常、制度変更には一般からの意見募集が行われますが、WISeRではそれが省略され、スピード優先で導入が決定されました。 -
利益相反のリスク
CMS(米国メディケア・メディケイド・サービスセンター)は、企業が拒否した件数に応じて節約分を報酬として支払う仕組みにしています。
そのため、企業が「医療を拒否するほど利益が出る」という不健全な動機づけが生じるおそれがあります。 -
AIによるバイアス(偏り)
AIアルゴリズムが偏った学習をしていると、特定の患者層(高齢者やマイノリティなど)が不当に承認されにくくなる危険があります。
しかし、WISeRの評価計画では、AIバイアスの監視が十分に盛り込まれていません。 -
臨床的な影響が不明確
制度が本当に患者の健康に良い影響を与えるかを測る明確な指標が設定されておらず、成果の検証が難しいと指摘されています。
清澤眼科院長のコメント
この制度は、日本の医療にも少なからず示唆を与えるものです。
AIによる医療の効率化や不正防止は望ましい一方で、「誰が最終的な判断を下すのか」「患者の利益が本当に守られるのか」という倫理的問題を孕んでいます。
眼科診療でも、高額な検査や治療(たとえばOCT検査や抗VEGF注射など)に対して、将来的にこうした承認制度が導入される可能性があります。
制度設計においては、医療の公正性と迅速性のバランス、そしてAIの透明性を確保することが何より重要だと感じます。
出典:Vinay K. Rathi, Sanket S. Dhruva, Joseph S. Ross. Expanding Prior Authorization in Traditional Medicare — The WISeR Model.
JAMA. 2025;334(16):1423-1424. doi:10.1001/jama.2025.16326



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