眼瞼痙攣と脳内物質の関係を探る
― 血液検査から見えてきた新しい視点 ―
眼瞼痙攣(blepharospasm)は、まぶたが自分の意思とは関係なく強く閉じてしまう病気で、日常生活に大きな支障をきたします。治療としてはボツリヌス毒素注射が広く行われていますが、「なぜこの病気が起こるのか」という根本的な仕組みについては、まだ十分に解明されていません。これまでの研究では、脳の奥にある基底核という部分や、ドーパミンを中心とした神経伝達物質の働きの異常が関係しているのではないかと考えられてきました。
今回ご紹介する研究は、こうした背景を踏まえ、眼瞼痙攣の患者さんの血液中に含まれるカテコールアミンと呼ばれる物質に注目した探索的研究です。カテコールアミンには、ドーパミン(DA)やノルアドレナリンなどが含まれ、脳の働きや感情、運動の調節に深く関わっています。研究の目的は、眼瞼痙攣の患者さんで、これらの物質がどのように変化しているのか、また症状や不安の強さと関係しているのかを明らかにすることでした。
研究では、眼瞼痙攣と診断された患者さんを対象に、血液検査を行って血漿中のドーパミンや、その代謝産物である3-メトキシチラミン(3-MT)などを測定しました。あわせて、症状の重さや不安の程度といった臨床的な評価も行い、それぞれの数値との関連を解析しています。症例数は多くはありませんが、あくまで「まず傾向を探る」パイロット研究として位置づけられています。
その結果、眼瞼痙攣の患者さんでは、血液中のドーパミンが健常者より高い傾向がある一方で、ドーパミンが分解されてできる3-MTや、3-MTとドーパミンの比率が低下していることが示されました。これは、ドーパミンそのものが多いだけでなく、ドーパミンの代謝のされ方に偏りがある可能性を示唆しています。また興味深いことに、不安の程度が強い患者さんほど、これらの代謝物の値と関連がみられる傾向も報告されました。眼瞼痙攣が単なる「まぶたの運動の異常」ではなく、情動やストレス、不安といった要素とも深く関係していることを裏づける結果といえます。
この研究の結論として、眼瞼痙攣ではドーパミン系の働きに何らかのアンバランスが生じており、それが症状や精神的なつらさと結びついている可能性が示されました。血液中のドーパミンやその代謝産物は、将来的に病態を客観的に評価するためのバイオマーカーとして役立つ可能性もあります。ただし、この段階では診断や治療方針を直接変えるものではなく、今後、より多くの患者さんを対象とした研究で確認される必要があります。
眼科外来で眼瞼痙攣を診ていると、「まぶしさ」「不安」「緊張で悪化する」といった訴えをよく耳にします。今回の研究は、そうした患者さんの実感を、脳内物質という生物学的な側面から裏づける一歩といえるでしょう。症状だけでなく、心の状態にも目を向けた包括的な治療の重要性を、改めて考えさせられる内容です。
出典
A pilot exploratory study for analysis of clinical features and plasma catecholamines in blepharospasm
Scientific Reports, 2025



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