座敷で出会った一幅 ― 渋沢栄一「人能為人之、腹有詩書」を読む
座敷に掲げられていた大きな額がふと目に留まりました。長押の上に堂々とした筆致で記されているその書は、渋沢栄一のものと伝えられている一幅です。内容が気になり、調べてみました。


大字は右から
「人能為人之 腹有詩書」
と読めます。
読み下せば、
「人よく人のために為せば、腹に詩書あり」
あるいは
「人が真に人のために尽くせるのは、内に詩書を有するからである」
といった意味になります。
ここでいう「詩書」とは、単なる文学作品ではありません。中国古典『詩経』『書経』をはじめとする学問や教養、さらに言えば人格の涵養を指します。つまり、表面的な善意や一時の感情ではなく、内面に培われた教養と徳があってこそ、自然に他者のために行動できるという思想です。
左側の款記には、
「唐宋一月儼禅 品潔自香 青淵渋沢栄一」
とあります。「青淵」は渋沢の号です。
「品潔自香」とは、品格が潔ければ自ずから香る、という意味です。蘭の花のように、徳のある人は声高に主張せずともその存在が伝わる、という古典的な比喩です。また「唐宋一月儼禅」は、唐宋時代の禅の精神を一輪の月にたとえ、澄みきった揺るがぬ心境を象徴しています。
この書は、渋沢が生涯説いた「道徳経済合一説」、すなわち『論語と算盤』の精神を凝縮したものと考えられます。経済活動もまた人のためでなければならず、その根底には人格の修養が不可欠であるという立場です。
静かな座敷に掛かるこの額を前にすると、単なる歴史上の偉人の言葉というよりも、どこか家訓のようにも感じられました。人のために尽くすという行為は外に向かうものですが、その源泉は内にあります。「腹に詩書あり」とは、日々の学びと自省の積み重ねを意味しているのでしょう。
豪放でありながら、どこか温かみを感じさせる筆致でした。時代が変わっても、「人のために」という言葉の重みは変わりません。そしてその前提として、自らの内を整えること。百年以上前の実業家の書が、今なお座敷の上から静かに語りかけているように感じられました。




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