AI時代に医師の役割はどう変わるのか
―JAMA掲載論文「人工知能時代の医師の失われたオーラ」を読む―
最近、人工知能(AI)の進歩はめざましく、医療の世界でもその影響が急速に広がっています。診断支援、画像診断、薬の相互作用のチェック、さらには患者への説明や心理カウンセリングの一部まで、かつて医師だけが担っていた仕事をAIが行えるようになりつつあります。
2026年3月に医学誌 JAMA に掲載された論文では、こうした変化が「医師の存在感(オーラ)」にどのような影響を与えるのかという興味深い議論が展開されています。
まず著者は、AIによって医師の役割が変化している現状を指摘します。現在の医療現場では、医師はすべてを自分で判断する存在というより、半自律的なシステムを監督する役割に近づいています。AIが診断候補を提示し、薬の相互作用を確認し、画像を解析する時代では、医師はそれらの結果を評価し、最終責任を負う立場になりつつあるのです。
ここで論文は、20世紀の哲学者 ヴァルター・ベンヤミン の考えを引用します。ベンヤミンは、写真や映画の登場によって芸術作品の「オーラ」が失われるのではないかと論じました。オーラとは、オリジナルの作品が持つ独特の存在感や歴史的背景のことです。
著者は、かつて医師にも同様の「オーラ」があったと述べています。長年の訓練、臨床経験、患者との直接の対面関係、そして微妙な臨床判断。こうしたものが、医師の専門性を支えていました。しかしAIによって医療知識や判断が再現可能になれば、そのオーラは薄れていく可能性があります。
実は、この変化はAIによって突然始まったわけではありません。医学の歴史を振り返ると、すでに何度も同様の変化が起こってきました。
18世紀後半、医学は患者の体験を中心とした診療から、病理学に基づく客観的医学へと移行しました。哲学者 ミシェル・フーコー はこれを「臨床的視線」と呼びました。医師は患者の語りよりも、検査結果や病理学的所見を重視するようになったのです。
さらに19世紀には麻酔の登場によって外科手術が大きく変わりました。患者は意識を失い、動かず、沈黙した状態で手術を受けることになり、医師は身体を「修理すべき対象」として扱えるようになりました。これもまた、患者と医師の関係を変化させました。
20世紀後半には エビデンスに基づく医療(EBM) が広まりました。臨床判断は個人の経験だけでなく、統計的証拠やガイドラインに基づくものへと変化しました。そして電子カルテが普及すると、医師は患者よりもコンピューター画面を見る時間が増えたと言われるようになります。
このような流れの延長線上に、AIがあります。AIは診断や説明など、人間的と考えられてきた仕事の一部まで担うようになっています。しかもスマートフォンなどで誰でも利用できるため、医療の知識や助言は病院の外にも広がりつつあります。
では、医師は不要になるのでしょうか。著者はそうは考えていません。歴史を見れば、新しい技術は古い役割を消すだけでなく、新しい役割を生み出してきました。
写真の登場で絵画が消えたわけではありません。むしろ印象派や抽象画など、新しい芸術の形が生まれました。
同じように、AIの時代には医師の役割も再定義される可能性があります。AIが得意な分析や計算は機械に任せ、人間の医師はより高度な判断、倫理的な意思決定、患者の人生を理解した医療などに力を発揮するようになるかもしれません。
つまりAIは医師を消す存在ではなく、「医師とは何か」を改めて問い直す技術なのかもしれません。医療はこれから、技術と人間性のバランスを探る新しい段階に入ろうとしているのです。
出典
Lantos JD. The Lost Aura of Physicians in the Age of Artificial Intelligence. JAMA. Published online March 2, 2026. doi:10.1001/jama.2026.0946
眼科医 清澤のコメント
AIは画像診断などで眼科医療にも急速に入り込んできています。しかし患者さんの人生や不安を理解しながら医療を組み立てる仕事は、まだ人間の医師にしかできません。AIを道具として活用しながら、「人が診る医療」の価値をどう保つかが、これからの医師に問われている課題だと感じます。



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