ビジュアルスノウ症候群研究の歩み ― PET研究から脳ネットワーク疾患の理解へ
ビジュアルスノウ症候群(Visual Snow Syndrome)は、視野全体にテレビの砂嵐のような細かな点が見え続ける症状を特徴とする神経眼科疾患です。眼科診察やMRIで異常が見つからないことが多いため、長い間その正体はよく分かっていませんでした。しかし2010年代に入り、脳機能画像研究、とくにPETやfMRIによってこの病気の理解が大きく進みました。私もこのPET という検査方法の研究にかかわってきましたので、その歴史を調べてみました。ここでは代表的研究を手がかりに、研究史を五つの段階に整理して説明します。今後その論文内容もこのブログで紹介をしてみたいと思います。
① 疾患概念の確立(2014)
2014年にPeter C. Schankinらが発表した研究は、ビジュアルスノウをそれまで考えられていた「持続性片頭痛前兆」と区別し、独立した症候群として整理した重要な論文です。この研究では多数の患者を解析し、視野全体の点状ノイズのほか、残像(palinopsia)、光過敏、夜間視力低下、エントプティック現象の増強など、特徴的な症状の組み合わせが明らかにされました。これにより、ビジュアルスノウは単なる主観症状ではなく、一定の臨床像を持つ疾患として認識されるようになりました。
出典:Schankin CJ et al. Visual snow: a disorder distinct from persistent migraine aura. Brain. 2014;137:1419-1428.
② PETによる脳代謝異常の発見(2014)
同じ研究グループはFDG-PETを用いて脳代謝を調べ、後頭葉の舌状回(lingual gyrus)で糖代謝が亢進していることを報告しました。舌状回は視覚連合野の一部であり、文字や形態など高次視覚処理に関係する領域です。この研究は、ビジュアルスノウが心理的な症状ではなく、視覚中枢の機能異常と関連していることを示した最初の客観的証拠として大きな影響を与えました。
出典:Schankin CJ et al. Hypermetabolism in the lingual gyrus in visual snow syndrome. Brain. 2014;137:1419-1428.
③ 視覚ネットワーク異常の理解(2017)
その後の研究では、異常は舌状回だけでなく、視覚連合野や小脳など複数の脳領域に広がることが示されました。PuleddaらはMRIと機能画像解析を組み合わせ、視覚情報処理に関わる脳ネットワークの構造・機能変化を報告しました。この結果から、ビジュアルスノウは特定の一点の異常ではなく、視覚情報処理ネットワーク全体の変調として理解されるようになりました。
出典:Puledda F et al. Structural and functional brain changes in visual snow syndrome. Brain. 2017;140:1104-1113.
④ 大規模臨床研究による症候群の特徴(2018)
さらにPuleddaらは1000例を超える患者を解析し、ビジュアルスノウ症候群の臨床像を詳細にまとめました。この研究では多くの患者に片頭痛、耳鳴り、光過敏などの感覚症状が合併することが明らかになりました。これにより、ビジュアルスノウは単なる視覚の病気ではなく、感覚情報処理全体に関わる脳のネットワーク疾患である可能性が示唆されました。
出典:Puledda F et al. Visual snow syndrome: a clinical and phenotypical description of 1100 cases. Neurology. 2018;90:e564-e574.
⑤ 視床‐皮質リズム異常モデル(2020)
近年提唱されているのが、視床と大脳皮質の神経活動リズムの乱れによって症状が生じるという「視床‐皮質リズム異常(thalamocortical dysrhythmia)」モデルです。この仮説では、視覚情報のフィルタリングを担う視床と視覚皮質の調整が崩れ、視覚野が持続的に過活動となることで砂嵐様の視覚ノイズが生じると考えられています。この考え方は、耳鳴りや慢性疼痛など他の感覚疾患とも共通する神経機構として注目されています。
出典:Puledda F et al. Visual snow syndrome and the thalamocortical dysrhythmia model. Brain Communications. 2020;2:fcaa089.
以上のように、ビジュアルスノウ症候群の研究は、①疾患概念の確立、②PETによる脳代謝異常の発見、③視覚ネットワーク異常の理解、④大規模臨床研究、⑤視床‐皮質リズム異常モデルの提唱という段階を経て発展してきました。現在では、この症候群は視覚中枢の過活動と感覚ネットワークの異常によって生じる神経疾患として理解されつつあり、神経眼科や神経科学の新しい研究領域として注目されています。こうしてみると、ビジュアルスノウの諸症状と脳局所糖代謝の間の関連も気になります。



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