ビジュアルスノウ症候群の脳では何が起きているのか ― グルタミン酸とセロトニンの異常結合性を示した研究
ビジュアルスノウ症候群(Visual Snow Syndrome:VSS)は、視野全体にテレビの砂嵐のような細かな点が見え続ける症状を特徴とする神経眼科疾患です。多くの患者では眼科検査やMRIで明らかな異常が見つからないため、長い間その原因はよく分かっていませんでした。しかし近年、脳の視覚ネットワークの働きの異常として理解されるようになりつつあります。今回紹介する研究は、VSSに関わる脳の神経伝達物質に注目したものです。
背景
VSSの患者は、視野の「雪」のような症状に加えて、残像(パリノプシア)、光過敏、夜間視力低下、内視現象の増加などを伴うことがあります。また、この症候群は片頭痛、とくにオーラを伴う片頭痛と関連が深いことが知られています。これまでの脳画像研究では、VSS患者では視覚野や注意ネットワークなどの脳回路の結合性に異常があることが報告されてきました。しかし、その背景にある神経伝達物質の変化、つまり脳内の化学的な仕組みはほとんど分かっていませんでした。
目的
この研究の目的は、VSSにおいてどの神経伝達物質が脳の異常なネットワーク活動に関わっているのかを調べることでした。特に、脳の興奮性を高めるグルタミン酸や、神経調節に重要なセロトニンなどの神経伝達物質に注目しました。
方法
研究では、VSS患者24人、健康な対照者24人、片頭痛患者25人(そのうち15人はオーラを伴う片頭痛)の脳の機能を比較しました。研究者たちは安静時機能MRI(fMRI)という方法で、脳のさまざまな領域がどのようにつながって働いているかを調べました。さらに「REACT(Receptor-Enriched Analysis of Functional Connectivity)」という新しい解析法を用いました。これは、PETやSPECTで知られている神経受容体の分布マップを利用し、特定の神経伝達物質と関連する脳ネットワークを推定する方法です。
この方法により、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニン、GABA、NMDA受容体などの神経伝達系に関連する機能ネットワークを比較しました。
結果
研究の結果、VSS患者ではいくつかの特徴的な変化が見つかりました。
まず、グルタミン酸系のネットワークでは、前帯状皮質という脳の領域で機能的結合性が低下していました。これは注意や感覚処理に関係する重要な領域です。
次に、セロトニン系のネットワークでも変化が見られました。島皮質、側頭極、眼窩前頭皮質などの領域でセロトニン関連ネットワークの結合性が低下していました。
さらに、セロトニン受容体の一種である 5-HT2A受容体 に関連するネットワークでも、後頭葉から側頭葉、頭頂葉にかけての連合皮質で結合性の低下が認められました。
興味深いことに、これらの変化は片頭痛患者でも似た傾向が見られましたが、統計解析ではVSS特有の変化として独立して存在することが示されました。
結論
この研究から、ビジュアルスノウ症候群では、脳の視覚系だけでなく、注意や感情に関わるネットワークを含む広い脳回路において、グルタミン酸とセロトニンに関連する神経結合性の異常が存在することが示されました。
また、片頭痛と似た神経生物学的特徴を持ちながらも、VSSは独立した疾患としての特徴を持つ可能性が示唆されました。これらの結果は、将来VSSの治療法を開発する上で、神経伝達物質を標的とした治療の可能性を示す重要な手がかりになると考えられます。
出典
Puledda F, Di Pasquale O, Goadsby PJ, Karsan N, et al.
Abnormal glutamatergic and serotonergic connectivity in visual snow syndrome and migraine with aura.
Annals of Neurology. 2023;94:873-884.
DOI: 10.1002/ana.26745
神経眼科医 清澤のコメント
ビジュアルスノウ症候群は「眼の病気ではなく脳の視覚ネットワークの病気」であるという理解が、近年の研究で徐々に明確になってきました。本研究は、グルタミン酸とセロトニンという神経伝達物質の関与を示した点で重要です。将来、これらの神経系を調節する薬剤や神経調節治療が、VSSの症状改善につながる可能性があり、今後の研究が期待されます。



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