世界の出来事と眼科医院の歩み ― 時代の中で振り返る診療の記憶
この30年余り、世界や日本の動きは激しく変化してきました。そのような中で、私の医師としての生活の後半を振り返ると、さまざまな出来事が走馬灯のように思い浮かびます。自分自身に関すること、そして社会に関することを、時系列に沿って少し振り返ってみたいと思います。
1980年代の終わりから現在までを振り返ると、世界経済の大きな転換点と自分の医師としての歩みが、どこか重なっていることに気づきます。医療は一見すると景気とは無関係のように見えますが、社会や経済の大きな変化は、患者さんの行動や医療機関の運営にも少なからず影響してきました。
私がフランスから米国に到着して間もない頃、1987年10月にいわゆるブラックマンデーが起きました。米国の株式市場が一日で20%以上暴落し、世界の金融市場が連鎖的に動揺した出来事です。米国では金融市場の不安が広がり、日本でも株価が大きく揺れました。ただ、この危機は各国中央銀行の迅速な金融緩和によって比較的短期間で収束しました。その後、日本では逆に資産価格の上昇が続き、いわゆるバブル経済へと向かっていきます。
私は1988年に仙台へ帰国し、その後1991年には東京医科歯科大学に招いていただき、文京区湯島の大学に赴任しました。研究と臨床に携わりながら、医師としての経験を積んでいく時期でした。
その後、日本社会に大きな衝撃を与えた出来事が1995年3月20日の地下鉄サリン事件でした。東京の地下鉄で化学兵器であるサリンが散布され、多くの死傷者が出た前代未聞のテロ事件です。当時、私も外勤先の銀座の診療所でサリン曝露の疑いがある患者さんを数名診察しました。都市の交通網そのものが攻撃対象となり得るという事実は、日本社会に深い衝撃を残しました。
1990年代に入ると日本のバブル経済は崩壊し、不動産価格と株価は長期的に下落しました。その後遺症がはっきり表面化したのが2000年前後のITバブル崩壊の時期です。米国ではインターネット関連企業の株価が急落し、2001年にはエンロン事件などの企業不祥事も起き、金融市場の信頼が揺らぎました。日本でも新興市場のIT企業株が暴落し、同時に長年の不動産バブルの後遺症である不良債権問題が深刻化しました。銀行は巨額の不良資産を抱え、日本経済は「失われた十年」と呼ばれる停滞期の中にありました。
そのさなかの2001年9月11日、米国ではニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が突入する同時多発テロが起きました。私はそのニュースを自宅のテレビで見て、世界が大きく変わる瞬間を目の当たりにした思いがしました。この事件は米国社会だけでなく、国際政治や安全保障のあり方にも大きな影響を与えました。
そうした時代の流れの中で、私は大学病院での勤務を終え、2006年に東京の南砂町で清澤眼科を開業しました。当時は日本経済が長い停滞から少しずつ回復しつつある時期でした。高齢化の進行に伴い、眼科医療の需要も着実に増えていました。地域医療に携わる開業医として診療を始めたのは、社会全体が新しい時代へと動き始めていた頃だったように思います。南砂町の医院も、患者さんの増加に伴い職員を増やし、診療スペースを1区画から3区画へと広げていきました。
しかしその矢先、2008年には世界金融危機、いわゆるリーマンショックが起きました。米国の投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに、世界の金融システムが大きく揺らぎました。株価は世界的に急落し、日本でも輸出産業を中心に景気が急速に悪化しました。医療機関は比較的景気の影響を受けにくいと言われますが、それでも患者さんの生活や心理には少なからず影響が及びます。社会全体の不安が高まると、医療の現場にもその空気が伝わってくるものです。
開業して数年後の2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生しました。南砂町でも強い揺れを感じ、交通機関はほぼ停止しました。職員の多くは帰宅することができず、その夜は医院に泊まり込むことになりました。翌朝は土曜日でしたが、できる範囲で診療を行いました。その後もしばらくは交通事情が不安定で、患者さんの通院にも影響が続いていたことを思い出します。医療機関もまた地域社会の一部として災害に直面する存在であることを改めて実感した出来事でした。
さらに2020年には新型コロナウイルスの世界的流行が起こりました。米国でも日本でも都市の活動が大きく制限され、医療機関の受診行動にも変化が生じました。多くのクリニックで患者数が一時的に減少し、医療体制そのものが試される時期となりました。感染症という医学的問題が、同時に社会や経済の問題でもあることを、多くの医療者が実感した出来事だったと思います。
そして現在、世界では中東情勢が再び緊張を高めています。イランへの空爆やホルムズ海峡をめぐる不安定な状況は、エネルギー価格の上昇や金融市場の動揺を引き起こす可能性があります。もし原油供給が大きく揺らげば、1970年代の石油ショックのように世界経済全体が影響を受け、次のリセッションの引き金になる可能性も指摘されています。
こうして振り返ると、ブラックマンデー、地下鉄サリン事件、ITバブル崩壊、ニューヨーク同時多発テロ、リーマンショック、東日本大震災、そしてコロナショックと、世界は十数年ごとに大きな転換点を経験してきました。そのたびに社会の構造は少しずつ変わり、人々の生活や医療の現場も影響を受けてきました。
日々患者さんを診ていると、つい目の前の診療に集中しがちですが、私たちの仕事もまた、こうした時代の流れの中に位置づけられているのかもしれません。
もし現在の国際情勢が新しい経済の転換点につながるのだとすれば、それはまた次の時代の始まりでもあります。社会がどのように変化しても、地域の医療を支えるという役割は変わりません。世界の出来事と身近な診療の現場は、一見遠いようでいて、どこかで静かにつながっているように感じられます。



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