【脳は「集中する」のではなく「無視する」ことで集中していた?】
病院でも学校でも、あるいは家庭の中でも、「集中力がない」と感じて悩む人は少なくありません。では、脳はどのようにして集中力を保っているのでしょうか?2025年2月に発表された米国セントルイス・ワシントン大学の研究によると、私たちが集中するために脳がしているのは「集中そのもの」ではなく、「邪魔な刺激を無視する能力」なのだそうです。
たとえば、講演を聴いている時に隣の人がポテトチップスを食べてガサガサ音を立てている場面を想像してみてください。あなたの脳は、「もっと集中しよう!」と力を入れるのではなく、「その音は気にしないようにしよう」と、邪魔な音のほうを“抑え込む”ように働きます。この「抑制」が、集中の正体なのです。
複雑な現実を再現する新しいモデル
これまでの研究では、一つの作業に一つの気晴らしというシンプルな構図で実験が行われていました(例:ストループ課題)。しかし、現実世界はもっと複雑です。今回の研究では、同時に複数の気を散らす刺激が存在する中で、人がどのように集中を維持するのかが検討されました。
研究チームは、形や色、動きなどが異なる4つの情報源を用いた課題を開発しました。参加者は、その中から目標に関係する刺激を選び取るというタスクに取り組みます。
その結果、驚くべきことに、参加者の脳は目標への集中を強めるのではなく、「以前に邪魔だと感じた刺激」を学習して、それを無視するように調整していたことがわかりました。
過去の経験が「無視する力」を鍛える
さらにこの研究は、「過去に気が散った経験」が、その後の注意力に強く影響を与えていることも示しました。つまり、人は一度うるさいと感じた音や動き、刺激を、次からは意識せずにスルーできるように学習していくのです。
「人はタスクに集中する能力だけでなく、不要な情報を“抑制する”能力を持っている。そしてこの抑制は、過去にどの刺激が邪魔だったかを記憶して、それをもとに行動している」と、研究者のクール准教授は述べています。
この研究が目指す次のステップ
現在は、この新しい集中のモデルが、実際の脳内でどう働いているかをMRIで確認する段階に入っています。将来的には、この仕組みを利用して、集中力を高める訓練法の開発や、ADHD(注意欠如・多動症)などの治療への応用も期待されています。
眼科の現場でも、視覚的な刺激が多い環境下で集中が乱れる方は少なくありません。この研究のように、視覚や聴覚など複数の感覚刺激をどうコントロールしているかを理解することは、患者さんの生活支援にも役立つ知識となるでしょう。
出典:
Leah Shaffer(著). Washington University in St. Louis Newsroom. “How the brain ignores distractions to maintain focus.” February 20, 2025.
原著論文:Wouter Kool et al. “Distraction-Specific Control Adaptation in Multidimensional Environments,” Nature Human Behaviour, 2025年2月掲載.
https://neurosciencenews.com/focus-distraction-cognition-25266/
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