シンポジウム21:視野に障害をきたす特殊病態とそのメカニズムに迫る
清澤のコメント:神経眼科を普段考えるものにとっては興味深い領域ですが、似たシンポジウムが金沢の神経眼科学会医でも聞けたと思います。今回の進歩ジウムは神経眼科だけではなく、対象範囲が広く設定されたようです。
オーガナイザー;大久保 真司(おおくぼ眼科クリニック)、増田 洋一郎(東京慈恵医大)
三宅琢 先生(東京医大/NEXT VISION)
題目:ロービジョンケアがもたらす視覚障害者の未来
視覚障がいがある方にとって、生活のしやすさや心の満足度をどう高めるかは大きな課題です。従来のロービジョンケアでは拡大鏡や点字といった支援が主でしたが、近年はタブレットやスマートフォン、AIを使った音声読み上げ機能など新しい技術が登場しています。これらを使うことで、視覚障がいのある方でも地図を読んだり、本を聴いたりしながら自由に動き回れるようになります。さらに、AI技術やウェアラブル機器により、視覚情報をリアルタイムで音声に変換することで、通勤や買い物、趣味など社会参加の幅が広がります。医師は単に道具を紹介するのではなく、その人の見え方の程度や希望に合わせた情報提供を行い、自己決定を助けることが求められます。こうした個別対応は「仁術」としての医療の本質であり、誰もが自分らしく生きる「ウェルビーイングな社会」への第一歩になります。
川守田拓志 先生(北里大学)
題目:ディスフォトプシア(光の違和感)について
眼内レンズ手術を受けた後、「キラキラした輪が見える」「視野の端に黒い影が出る」といった不快な光の感覚が出ることがあります。これをディスフォトプシアと呼び、明るい光に対する反応(ポジティブ型)と、暗い影が視野に出る(ネガティブ型)に分けられます。これらは、瞳孔の大きさ、眼内レンズの設計や素材が関係しています。特に屈折率が高い素材では光の散乱が強くなり、違和感が出やすい一方、厚めのレンズや特別な形状のものでは軽減される場合があります。今回の発表では、光学設計ソフトを使って実際にどのように光が目の中で分布し、どのように見え方に影響するのかを示し、これらの症状にどう対処するかを議論しました。患者さんの訴えを大切にし、視力だけでなく「見え方の質」に注目する重要性が強調されました。
堀口浩史 先生(東京慈恵医大)
題目:羞明(まぶしさ)の原因と仕組み
ところが、まぶしさの感じ方は人によって大きく異なり、普通の人が気にならない光でも耐えられない人もいます。さらに羞明は、一般的な視力検査や視野検査では異常が出にくく、医師から「異常なし」と言われがちです。しかし、羞明の背後には網膜や視神経、中枢神経の問題が隠れていることもあります。この講演では、羞明の仕組みを神経回路レベルから解説し、新たな知見や治療の可能性にも触れました。患者さんの訴えを見逃さず、理解し、支えることが眼科医に求められています。
藤波芳 先生(東京医療センター/ロンドン大学)
題目:夜盲症の診断と治療の最前線
夜になると見えにくくなる夜盲症(やもうしょう)は、遺伝による病気や加齢・病気によるものがあります。特に遺伝性のものでは、網膜の働きが弱くなる「網膜色素変性症」などが知られています。最近では「ルクスターナ®」という新しい遺伝子治療薬が承認され、治療の道が開けています。こうした治療の成果を測るには、FST(全視野刺激閾値)という特殊な検査が使われており、特に重い視力障害の方でも正確な評価が可能です。今回の講演では、夜盲症に対するこのような最新の評価方法と治療の成果、さらに今後の展望について紹介されました。夜の見えづらさに悩む方にとって、希望となる新情報です。
石合純夫 先生(新さっぽろ脳神経外科病院)
題目:半側空間無視の概要と視野障害との違い
半側空間無視(はんそくくうかんむし)とは、脳卒中などで脳の片側がダメージを受けたときに、反対側の空間にあるものに気づけなくなる状態です。たとえば、右脳に障害があると左側の空間が「存在しないかのように」認識されず、左側の食事を食べ残したり、鏡を見ても左側の顔を無視したりすることがあります。視力そのものに問題がなくても、見えている情報に「注意を向けられない」ために起こる障害です。これを視野障害と混同してしまうと、正しいリハビリが行えない可能性もあります。石合先生は、半側空間無視と本当の視野欠損(たとえば脳梗塞での視野の半分が失われるような状態)をどう区別するか、どのような検査で見極めるか、また、どんな支援が可能かについて、具体的な事例を交えて解説されました。リハビリや介護の現場でも重要な知識です。
吉田正俊 先生(北海道大学 CHAIN)
題目:盲視(blindsight)—ヒトでの知見と動物モデル
「盲視(もうし)」とは、脳の視覚野が損傷しているために見えていないはずなのに、なぜか物の動きや位置をある程度「わかる」という不思議な現象です。たとえば、視野の左半分が見えない患者さんが、その左側で動いたものに目を向けたり、手で指せたりすることがあります。これは「見えている自覚」はないものの、脳の別のルートで視覚情報が処理されていることを示しており、「意識して見る」ことと「無意識に感じる」ことは別のしくみで成り立っていることがわかります。吉田先生はこの現象をマカクザルを用いた動物モデルでも再現し、視覚がどのように脳で処理されているかを明らかにしてきました。見えないはずなのに感じるというこの仕組みは、リハビリの可能性や、意識と感覚の関係を考える上で非常に興味深いトピックです。
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