精神病性障害におけるドーパミンと気分 ― 18F-DOPA PET研究の概要
原典:
Jauhar S, McCutcheon RA, Nour MM, et al. Dopamine and Mood in Psychotic Disorders: An 18F-DOPA PET Study. JAMA Psychiatry. Published online August 13, 2025. doi:10.1001/jamapsychiatry.2025.1811
背景
精神病性障害(統合失調症や双極性障害など)では、気分エピソード(うつ病や躁病)がしばしば併発します。ドーパミンは精神病症状の発症に深く関わることが知られていますが、気分状態によるドーパミン機能の違いは十分に解明されていません。特に、うつ病エピソードと躁病エピソードでの脳内ドーパミン合成能力の差や、それと精神病症状との関連は不明でした。
目的
精神病性障害患者において、
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うつ病エピソード(MDE)と混合/躁病エピソードでドーパミン合成能力(Kicer)が異なるかを比較すること
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ドーパミン合成能力と陽性精神病症状(幻覚・妄想など)の関連を評価すること
方法
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研究デザイン:横断研究
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対象:初回の精神病エピソードを経験し、現在MDEまたは混合/躁病状態にある患者38名(MDE 25名、混合/躁病 13名)と、年齢・性別を合わせた健常対照38名
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期間:データ収集 2013年3月~2022年2月
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評価:
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PET検査(18F-DOPA)で線条体(大脳辺縁系線条体・連想線条体など)のドーパミン合成能力(Kicer)を測定
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精神症状の評価にPANSS(陽性・陰性症状尺度)、HAM-D(うつ病尺度)、YMRS(躁病尺度)を使用
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結果
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Kicerの差
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精神病+MDE群は、精神病+混合/躁病群に比べ、線条体全体のKicerが有意に低下
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特に大脳辺縁系線条体で顕著な低下(効果量 Cohen d=1.57)
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陽性精神病症状との関連
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精神病患者全体で、連想線条体のKicerが高いほど陽性症状が強かった
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大脳辺縁系線条体ではこの関連は見られなかった
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健常対照との比較
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患者群はいずれも対照群と異なるドーパミン機能パターンを示した
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結論
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うつ病エピソード時の精神病患者は、躁病や混合状態に比べ、特に大脳辺縁系線条体でドーパミン合成能力が低下している
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一方、陽性精神病症状は連想線条体のドーパミン活性と関連している
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この知見は、気分状態ごとの脳内ドーパミン機能の違いを理解し、精神病性障害に対する治療薬選択や新薬開発の方向性を示唆する
眼科院長のコメント
この研究は精神科領域の話題ですが、脳の神経伝達物質と症状の関連を具体的に可視化している点が興味深いです。私たち眼科医も視覚幻覚やパーキンソン病に伴う視覚症状など、ドーパミン系が関わる現象を扱うことがあります。また、私も関与した下記の研究では眼瞼痙攣でもDOPA受容体の変化が得られており、これが気分障害(鬱症)に関連しています。こうした脳内機能の差異を理解することは、眼科診療の幅を広げる上でも有用です。
追記;
追記;ヒトの脳では、ドーパミンは神経細胞間で情報をやりとりする重要な化学物質(神経伝達物質)の一つです。脳内には「報酬系」と呼ばれる回路があり、食事や達成感などの快い刺激でドーパミンが放出され、「うれしい」「やる気が出る」といった感情や行動の動機づけを生みます。主な経路は、黒質から線条体に至る運動調節系(運動のスムーズさに関与)と、中脳から大脳皮質や辺縁系に投射する報酬・感情系があります。精神疾患ではこの働きが乱れます。統合失調症では一部の経路でドーパミンが過剰に作用し、幻覚や妄想などの陽性症状が出るとされます。一方、うつ病やパーキンソン病ではドーパミン不足が意欲低下や運動障害の原因になります。薬物治療は、過剰な場合には受容体をブロックし、不足する場合には放出を促すことで、脳内のバランスを整えることを目指します。
私の関連した過去の論文; Horie C, Suzuki Y, Kiyosawa M, Mochizuki M, Wakakura M, Oda K, などによる研究
→ “Decreased dopamine D receptor binding in essential blepharospasm” というタイトルで、ドーパミンD2受容体の結合低下を霧視筋痙攣(眼輪筋の痙攣)患者で報告した論文です。これは私が共著者として関与している研究ですMedRxiv+10PMC+10biorxiv.org+10。
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