自閉症の人がもつ特有の「見え方」とは
―眼科からできる配慮を中心に―
自閉スペクトラム症(ASD)は、コミュニケーションの難しさ、興味の偏り・こだわり、感覚の過敏/鈍感などの特徴を持つ神経発達症です。なかでも「視覚の感じ方」は生活のしやすさに直結します。ASDでは感覚特性が生涯にわたり高頻度です。(docs.autismresearchcentre.com)
細部に強く、全体が入りにくい
ASDでは、細かい模様や規則性に強く気づく一方、全体像の把握が遅れがち、という“細部優位”がしばしばみられます。背景には「予測(先行知)より実際の入力を重くみる」知覚のクセがある、とする説明(ベイズ脳仮説)があります。これにより、光のちらつきや高コントラスト、人混みの情報量などが過負荷になりやすく、眩しさ回避や視線回避と誤解されがちな行動につながります。(UCL Discovery)
脳の何処がが関わる?
視覚の入口である後頭葉一次視覚野(V1)から、形や色を詳しく解析する腹側路(側頭葉)と、位置・動きを扱う背側路(頭頂葉)へ情報が流れます。ASDでは、①顔の認識に関わる側頭葉の紡錘状回=FFA(顔に注意が向きにくいと活動が上がりにくい)、②視線や生体の動きに敏感な上側頭溝(STS)、③動きの解析を担う外側後頭皮質のMT/V5、④情動の意味づけを行う扁桃体、⑤意味づけや抑制を司る前頭前野との結びつき――といった“顔・社会的手掛かり”ネットワークで活動や結合の違いが報告されています。これらは「表情読み取りの難しさ」「人混みでの疲れやすさ」の神経学的背景を示すものです。(PMC)
学校・職場・外来で役立つ視覚の工夫
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照明:蛍光灯のちらつきや直射反射を避け、拡散光・間接照明を基本に。必要に応じて遮光眼鏡や軽いカラーレンズを提案します。
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情報量:掲示やプリントは余白を広く、見出しを太字に、1ページの要素を減らす。
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探しやすさ:掲示板や棚はカテゴリごとに色・形でコーディング。
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コミュニケーション:視線の合いにくさを「拒否」と解釈せず、声かけ→視線誘導→指さし・ピクトグラムの順で提示。
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外来で:まぶしさやコントラスト過敏の有無を尋ね、屈折・ドライアイ・光干渉の影響を評価。困りごとが強い場合は遮光レンズ、紙処方の配色見直し、待合の光環境調整を行います。
まとめ
ASDの「見え方」は、単なる性格ではなく脳のネットワークの使い方の違いに根ざします。細部に強い感受性は強みにもなりますが、環境側の調整がないと容易に過負荷になります。眼科は、光環境・視覚情報設計・補助具の提案という実践的支援が可能です。本人の感じ方を“個性”として尊重しながら、疲れにくい見え方を一緒に設計していきましょう。(docs.autismresearchcentre.com)
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参考記事
・Robertson CE, Baron-Cohen S. Sensory perception in autism. Nat Rev Neurosci (2017). (docs.autismresearchcentre.com)
・Nomi JS, Uddin LQ. Face processing in ASD: from brain to behavior. Neurosci Biobehav Rev (2015). (PMC)
清澤の注記:
Visual Snowと自閉症の患者にみられる「見え方」と感覚の共通点・相違
Visual Snow(ビジュアルスノウ)と自閉スペクトラム症(ASD)には、どちらも感覚世界の過剰な生々しさという共通点があります。Visual Snowでは、視界に常に砂嵐のようなノイズや残像が見えるだけでなく、光・音・体内感覚などにも過敏さを示します。たとえば、些細な光や音が耐えがたく感じられたり、ムズムズ足症候群(restless legs)、耳鳴り、離人感(自分が現実から切り離されたような感覚)などを伴うことがあります。つまり、**視覚を中心にした「全身的な感覚過敏症候群」**といえるのです。
自閉症もまた、光・音・触覚・社会的刺激などに対する感受性の偏りが顕著で、特定の感覚に強く反応したり、逆に鈍感になることがあります。背景の模様や人の視線が気になりすぎる、特定の音を嫌うといった点で、Visual Snowの患者と似た体験を語る人も少なくありません。両者には、感覚入力を抑制・統合する脳の仕組みが過敏に働きすぎるという神経生理学的共通点が示唆されています。
しかし、違いも重要です。Visual Snowでは一次視覚野や視覚関連皮質の過活動による持続的な知覚ノイズが主体であり、本人はそれを「自分の感覚が壊れた」として強い不安や離人感を訴えることがあります。一方、自閉症では、視覚情報の処理よりも注意の向け方や意味づけの特性が中心で、「世界の見え方」より「世界の理解の仕方」が異なります。
総じて、両者は「感覚の世界に圧倒される」という点で似ていますが、Visual Snowは感覚そのものがノイズ化する病態、自閉症は感覚情報の取捨選択と社会的理解の偏りが特徴といえます。



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