全身病と眼

[No.3873] 松本潤さん主演ドラマ「19番目のカルテ」と線維筋痛症 ― 日本の医療が抱える課題を考える

松本潤さん主演ドラマ「19番目のカルテ」と線維筋痛症 ― 日本の医療が抱える課題を考える

TBSの日曜劇場「19番目のカルテ」は、松本潤さんが「総合診療医」を演じるドラマとして注目を集めています。患者に寄り添い、複雑な症状の背景を丁寧に掘り下げる姿に、多くの視聴者が共感しました。特に第1話で取り上げられた「線維筋痛症」という病気は、原因不明の全身痛を特徴とし、診断がつくまでに長い時間と複数の病院を経なければならない難しい疾患です。

記事が指摘するように、日本の医療は専門性が高く、世界的にも技術水準は非常に高いと評価されています。しかし、診療科が細分化されすぎていて「何科を受診すればよいか分からない」という患者さんの悩みは現実的です。その中で総合診療医は、特定の臓器に縛られず、全身と生活背景を含めて診る「全人的医療」を担う存在として新設された領域ですが、全国に1000人未満とまだ少数にとどまっています。


線維筋痛症とはどんな病気か

線維筋痛症は人口の約1.6%、およそ200万人が罹患すると推定される病気です。特徴は「全身に激しい痛みが起こる」ことですが、血液検査や画像検査では異常が見つからないため、診断が極めて難しい点にあります。患者は「気のせい」「ストレス」と片付けられ、職場や家庭で理解されず孤立することも少なくありません。

実際にドラマの中で描かれたように、患者がトイレで泣き崩れるシーンは、同じ病に苦しむ人々の共感を呼びました。診断がついたとき患者は「やっと病気だと言える」と安堵します。しかし、それは治療のゴールではなく、むしろスタートラインに立ったにすぎません。


慢性痛と急性痛の違い

記事で強調されているのは、慢性痛と急性痛はまったく別物だという点です。骨折や炎症など原因が明確な「急性痛」では診断名が重要ですが、線維筋痛症のような「慢性痛」は原因が不明で、診断名が変わっても治療方針は大きく変わりません。

重要なのは、薬や手術といった急性痛用の治療ではなく、複数の専門家が協力する「集学的治療」にアクセスできるかどうかです。医師、看護師、心理士、リハビリ専門職、薬剤師などがチームを組む「集学的痛みセンター」での治療が望ましいのですが、日本全国に十数カ所しかなく、知名度も低いため、多くの患者が行きつけないのが現状です。


日本の慢性痛治療の遅れ

記事の中で専門医は「日本の痛み治療は欧米に比べ20年遅れている」と述べています。診断がつかないまま「気のせい」とされて放置されたり、逆に関係のない異常を指摘されて不必要な手術を受けたりするケースも少なくありません。これは患者さんにとって大きな負担であり、生活の質を著しく低下させます。

また、慢性痛患者は日本で推計2000万人以上。にもかかわらず社会的認知が低く、専門治療にたどり着く人はごくわずかです。慢性痛に関する正しい知識と、医療者の意識改革が強く求められています。


私(清澤)の意見

私自身も神経内科の医師と協力し、難解な眼痛の患者さんを診てきた経験があります。その際、相手の医師から「線維筋痛症という診断名は、たわむれに付けてはいけない」と忠告を受けたことを強く覚えています。診断名を与えることで患者さんは安心する一方で、治療法が確立していないため、場合によっては誤った方向に導いてしまう危険があるからです。

しかし逆に、診断名がなければ患者さんは「病気ではない」とされ、職場や家族から理解されずに苦しみ続けることになります。ですから「診断名を与えること」と「適切な治療につなげること」の両立が極めて重要なのです。

今回のドラマは、総合診療医という存在を広く知らしめただけでなく、慢性痛という医療課題に光を当てました。これをきっかけに、総合診療科を志す若い医師が増え、また「集学的痛みセンター」の存在が広く知られるようになれば、多くの患者さんの救いにつながるでしょう。


まとめ

松本潤さん主演の「19番目のカルテ」は、単なる感動ドラマではなく、日本の医療の構造的問題 ― 専門医偏重、総合診療医不足、慢性痛治療の遅れ ― を映し出した作品です。線維筋痛症は決して稀な病気ではなく、多くの人が診断や治療に苦しんでいます。

医療従事者としては、診断名に安易に飛びつかず、慢性痛を全人的に支える仕組みを育てていくことが重要だと考えます。そして一般の方々には「慢性痛は目に見えなくても確かに存在する」という理解を広めていただきたいと思います。

―――――

(参考:プレジデントオンライン 2024年8月24日配信

「松本潤さんよ、ありがとう…あなたの主演ドラマのおかげで、日本の医療の問題点が明らかになりました」)


注記:線維筋痛症と目

線維筋痛症(Fibromyalgia)は全身の慢性疼痛を特徴とする疾患で、自律神経異常や中枢神経系の痛みの過敏化が関与すると考えられています。この病気は眼にも関連した症状を伴うことがあります。代表的なのは眼の乾き(ドライアイ感)、光過敏、眼精疲労などで、これは自律神経や感覚神経の異常が涙液分泌や光刺激の処理に影響するためとされています。また、眼瞼痙攣と合併することも報告されており、慢性の痛みと光刺激への過敏さが共通の病態基盤を持つ可能性があります。そのため線維筋痛症の患者さんが「まぶしい」「目が開けづらい」と訴える場合、眼科と全身の病気の両方を考慮した診療が必要です。

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