近視・強度近視

[No.3991] 小児近視に対するアトロピン長期点眼の安全性をめぐって

小児近視に対するアトロピン長期使用の安全性をめぐって

―最近のJAMA眼科 招待解説をふまえて―


① 背景:なぜアトロピン点眼が注目されるのか

近年、世界中で子どもの近視が急増しています。特にアジアでは、小学生の多くが眼鏡を必要とする状況です。近視が強く進むと、将来「緑内障」「網膜剥離」「黄斑変性」など失明につながる病気のリスクが高まります。そのため、進行を遅らせる治療法が模索されてきました。

その中で、毎日1回の「低濃度アトロピン点眼」がシンプルかつ有効な方法として世界的に注目されています。しかし「長期間使い続けた場合に安全なのか?」という疑問が残されていました。これに答えようとしたのが、台湾の研究者による大規模な調査です。


② 研究の概要:60万人超の子どもを追跡

Liuらの研究は、台湾の国民健康保険のデータベース(NHIRD)を利用した後ろ向きコホート研究です。

  • 対象:8〜15歳で近視と診断され、2001〜2015年に受診した子ども

  • 規模:606,923人

  • 追跡期間:平均13年以上

  • 方法:アトロピンが処方されたかどうかで群を分け、白内障・緑内障・黄斑症のリスクを比較

結果として、アトロピンを使用した群でも、これら重大な合併症のリスクが明らかに増えるという証拠は見つかりませんでした。


③ 矛盾した点と限界

一方で、解析方法によっては「3年以上の使用で白内障や緑内障、5年以上で黄斑症のリスクが上昇したように見える」という逆説的な結果も出ています。ただしこれは統計的検証が十分でなく、用量との関連性も確認されませんでした。

さらに、請求データを基にした解析にはいくつかの限界があります。

  • 医師による診断や記録のバラつき

  • 実際に点眼を続けたかどうか(アドヒアランス)の不確実さ

  • 欠損データや交絡因子(他の影響要因)の調整不足

こうした点から、結論にはまだ不確実性が残されています。


④ 他の研究との比較

過去の長期研究やコクランレビューでは、「高用量では副作用が増える傾向がある」と報告されており、今回の台湾研究と結果が食い違っています。この不一致は、研究方法や対象の違いによる可能性があります。

つまり、「現時点で大きな安全性の問題は見つかっていないが、完全に安心と言い切るにはまだ証拠が足りない」というのが現状です。


⑤ 今後の課題と展望

この研究は、保険データという大規模リソースを活用した点で大きな意義があります。しかし、詳細な眼科検査データ(眼軸長や屈折進行など)が含まれていないため、近視の抑制効果を正確に評価することはできませんでした。

今後は、電子カルテの多施設連携やスマートデバイスを使ったデータ収集によって、より精密な長期追跡研究が可能になると期待されます。また、近視だけでなく弱視など他の目的で使われる小児への影響についても、系統的にデータを統合する必要があります。


⑥ まとめ

  • アトロピン点眼は、子どもの近視進行を抑える有力な手段。

  • 台湾の60万人規模の研究では、長期使用で重大な副作用の増加は確認されなかった。

  • ただし一部にリスク増加を示唆する結果もあり、完全に安全と断定するには不十分。

  • 今後はより精密なデータを用いた研究と、複数の研究結果を統合したレビューが必要。


清澤のコメント

臨床現場で患者さんやご家族から「長く使って大丈夫ですか?」と聞かれることがあります。この最新研究は「大規模データでは深刻な安全性の問題は見つかっていない」と示しており、安心材料となります。ただし、細かい点では未解決の部分も残されているため、今後も最新情報を確認しながら、個々のお子さんの状況に合わせて適切に使用していくことが重要です。


📖 出典

S. Swaroop Vedula. Safety of Long-term Use of Atropine for Myopia in Children.

JAMA Ophthalmology. Published online September 11, 2025.

doi:10.1001/jamaophthalmol.2025.3212

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