スマートフォン動画とAIが切り開く眼瞼痙攣の早期診断
―2025年 Nature系医学誌掲載の最新研究から―
眼瞼痙攣(Blepharospasm)は、目の周囲の筋肉が自分の意思とは関係なく収縮し、まばたきが増えたり目を開きにくくなったりする疾患です。初期症状は「目がピクピクする」「疲れているだけかも」と見過ごされやすく、専門医への受診が遅れがちです。今回ご紹介する研究は、こうした早期の段階で病気を見つけるための新たな可能性を示したものです。スマートフォンで撮影したごく短い顔動画から、AIが眼瞼痙攣の兆候を捉えられるのかを検証した最新の研究で、Nature系の医学雑誌 npj Digital Medicine に2025年に掲載されました。
日本語論文名(意訳)
「顔の向き推定を取り入れたクロスアテンション型AIモデルによる、スマートフォン動画を用いた眼瞼痙攣の早期診断」
目的
この研究の目的は、誰もが持っているスマートフォンで簡単に撮影した動画から、眼瞼痙攣の初期のサインをAIが検出できるかどうかを調べることにありました。もし自宅で撮った動画が診断の補助となるなら、まだ病気に気づいていない人でも早く専門医を受診するきっかけになり、治療開始の遅れを防ぐことが期待されます。
方法
研究チームは、2016年から2023年に収集した847件の顔動画をAIモデルの学習に使いました。AIには、目の周囲の細かい動きと動画としての連続した変化を同時にとらえる「Dual Cross-Attention Video Vision Transformer」という最新型のディープラーニング手法が用いられました。モデルが正しく学習したかを確認するために、症状の頻度と重症度をどの程度正確に評価できるかを検証し、さらに眼瞼痙攣があるかどうかの判定精度も計測されました。加えて、モデルを実際の診療に近い状況で試すために、新たに収集した179件の動画を用いた前向き評価を行い、経験の浅い医師にこのAI支援を加えた場合に診断がどの程度改善するかも詳細に調べています。
結果
AIは症状の頻度と重症度の評価ではそれぞれ0.82という高い精度を示し、専門医の視診に迫るレベルで動きを捉えることができました。一方で、眼瞼痙攣があるかないかという二者択一の診断精度は0.674にとどまり、まだ改良の余地があることも明らかとなりました。しかし前向き試験では、AIの補助が加わると経験の浅い眼科医の診断精度が最大18.5%向上するという結果が得られました。これは、AIが単独で診断するというより、医師の判断を後押しする“診断支援ツール”として非常に有望であることを示しています。
結論と臨床的意味
今回の研究は、日常生活の中で撮影したスマートフォン動画から眼瞼痙攣の早期徴候を拾い上げ、専門医受診のきっかけをつくる可能性を示しました。特に眼瞼痙攣は乾燥や疲労などと誤解されやすく、受診が遅れてしまうことも珍しくありません。気になる症状が出た時に短い動画を撮っておけば、診察の際に医師の判断材料として役に立つ場合もあります。ただし、このAIの診断精度はまだ完全ではなく、スマートフォンの画質や角度、照明、患者さんの協力状況などさまざまな要因に影響されます。またプライバシーやデータの扱いなど解決すべき課題も残されており、現時点では研究段階の補助的技術にすぎません。それでも、AIが症状の評価を支援することで医師間の診断ばらつきを減らし、特に初期症状の見逃しを防ぐ手助けとなる可能性は大きいと考えられます。
出典
Huang S, et al. Smartphone video-based early diagnosis of blepharospasm using dual cross-attention modeling enhanced by facial pose estimation. npj Digital Medicine. 2025;8:505.
清澤のコメント
眼瞼痙攣の診断は、専門医であっても難しいと感じることがあり、経験の浅い医師ではなおさら迷う場面が多い疾患です。今回の研究は、誰でも撮れるスマホ動画というごく身近な情報からAIが微細なまばたきの異常を検出できるという点で非常に実践的で、今後の臨床に大きく貢献する可能性があります。当院でも動画が診断の参考になることがあり、患者さん自身が撮影した素材を活用する未来に向けて、このようなAI技術の発展には期待しています。今後は診断の精度向上だけでなく、治療効果の判定ツールとしての応用も考えられ、引き続き最新情報を紹介してまいります。



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