社会・経済

[No.4141] AIは不平等を加速させるのか ― 『予測の手段』書評から考える

AIは不平等を加速させるのか ― 『予測の手段』書評から考える

(出典:Cathy O’Neil「AI can supercharge inequality — unless the public learns to control it」Nature, 2025年10月27日)

人工知能(AI)をめぐる議論は、今や生活のあらゆる場面に広がっています。AIが生産性を高め、人間の良きパートナーとなるという希望の声がある一方で、「AIが人間を支配し、職業を奪う」といった終末的な不安も語られています。こうした二極化した言説が飛び交うなか、「AIは不平等を加速させる可能性があるが、国民がそれをどう使うかを学ばない限り、その流れを止めることはできない」と警鐘を鳴らす書評が、英科学誌『Nature』に掲載されました。

この記事は、経済学者マクシミリアン・ケイシー(Maximilian Kasy)氏の著書『The Means of Prediction(予測の手段)』の書評で、著者はAIの本質を「予測エンジン」として捉え、その仕組みと権力構造を理解することの重要性を説いています。書評を執筆したのは、『ウェポン・オブ・マスマスマティックス』で知られるキャシー・オニール氏です。

ケイシー氏は、AIを単なる技術革新の産物としてではなく、「社会を形づくる新しい生産手段」として見ています。マルクスが「生産手段を握る者が社会を支配する」と述べたように、AI時代では「予測の手段」を握る者が経済や政治を動かすというのです。データ、計算資源、専門知識、エネルギーを独占する企業や国家が、AIの恩恵を集中して受ける構造が生まれています。

AIシステムはすでに、企業の採用やローン審査、ソーシャルメディアの情報提示、さらには軍事判断にまで関与しています。しかし、その「目的」を誰が設定しているのか、多くの人は意識していません。AIは「目的を達成するために最適化を行う」仕組みですが、その目的(=何を良しとするか)を決めるのは、あくまで設計者や企業です。私たちがAIの出す結果に従うだけでは、その価値判断を無批判に受け入れることになります。

書評ではまた、AIを「人間のように考える人工脳」と誤解することの危険性にも触れています。ニューラルネットワークは人間の思考を模倣するものではなく、データからパターンを抽出する統計的手法にすぎません。この誤解が、AIを神秘的な存在として過大評価する原因になっています。AIはあくまで企業や政府が設計し、目的を与えて動かしている道具なのです。

さらにケイシー氏は、AIの設計や運用における「公平性」だけでなく、より深い「不平等」と「権力集中」の問題に目を向けるべきだと訴えます。公平なアルゴリズムであっても、富や情報へのアクセスが偏っていれば、結果的に社会の分断を広げることになるからです。予測の手段を持つ側と持たない側の格差が固定化されると、人々は「データに支配される社会」に組み込まれてしまう危険があります。

そのために必要なのは、「AIの仕組みを理解すること」だと書評は強調します。AIの専門家になる必要はありませんが、どのような仕組みで、誰の目的のもとに動いているのかを知ること。これが、AI社会における“リテラシー”であり、民主主義の防波堤になるのです。

オニール氏は最後にこうまとめています。「AIはただ便利な技術でも、遠い未来の恐怖でもない。『誰が決め、誰が使い、誰が利益を得るか』によって社会を左右する力を持つものだ。だからこそ、技術の仕組みを少しでも知り、予測ツールの使われ方に自分たちが関われるようになることが、これからの不平等を防ぐカギになる。」

AIの行方は、技術そのものではなく、私たち一人ひとりがそれをどう理解し、どう扱うかにかかっています。未来を決めるのはAIではなく、人間の選択なのです。


(出典:Cathy O’Neil, AI can supercharge inequality — unless the public learns to control it, Nature, 2025年10月27日)

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