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[No.3732] 都会の路地に咲く「忘れ草」——カンゾウという植物と漢方での役割

都会の路地に咲く「忘れ草」——カンゾウという植物と漢方での役割

夏の盛り、東京の路地や公園の植え込みに、ひときわ鮮やかなオレンジ色の花が咲いているのをご覧になったことはありませんか?その花の名前は「ヤブカンゾウ(藪萱草)」といい、古くから日本人に親しまれてきた多年草です。(7月13日清澤撮影)

ヤブカンゾウはユリ科ワスレグサ属に属し、学名は Hemerocallis fulva var. kwanso日本原産で、庭先や道端に自然に咲いていることも多く、都会でも意外と目にします。花は八重咲きで、一日だけ開花する「一日花」ですが、次々と新しいつぼみが咲き、長い間楽しめます。花期は6月から8月。葉は細長く柔らかで、株元から放射状に広がります。

この植物は「忘れ草(わすれぐさ)」とも呼ばれます。これは、古代中国や日本において、心の悩みや悲しみを癒やす薬草と考えられていたためです。万葉集にもその名が登場し、人の心を和らげる植物として愛されてきました。

実はこのヤブカンゾウ、漢方や民間薬の世界でも知られています。特に中国では「忘憂草(ぼうゆうそう)」という名前で、花蕾や根を用いて煎じ薬として服用することがありました。効果としては、利尿、消炎、鎮静などが挙げられ、うつ症状や不眠、肝機能の調整などに使われることもあったと記録されています。

中医学では「肝は目に開竅す」といい、肝の状態は目の健康と深く関わっているとされます。肝の熱が高まると目が充血したり、イライラや不眠とともに眼精疲労や涙目などを引き起こすことがあります。こうした状態の緩和に、ヤブカンゾウの持つ鎮静作用が間接的に役立つと考えられていたのです。

そして、このカンゾウ(甘草)は、実際に現代の漢方薬の中でも重要な成分として使われています。たとえば、眼瞼けいれんや眼精疲労、ストレス性の症状を抱える患者さんに処方されることがある「抑肝散加陳皮半夏(よくかんさんかちんぴはんげ)」という漢方薬にも、カンゾウが含まれています。

この漢方薬は、もともとは小児の夜泣きや高齢者の認知症に伴う興奮・不安などに使われていた処方で、近年では成人のストレス性神経症状にも適用されるようになっています。構成生薬は柴胡、釣藤鈎、当帰、川芎、白朮、茯苓、陳皮、半夏、そして甘草。甘草(カンゾウ)は、他の生薬との調和をとる「調和薬」として、また鎮痛・消炎・鎮静効果を担う重要な存在です。

ただし、甘草には注意も必要です。成分であるグリチルリチンは、長期間にわたって摂取すると「偽アルドステロン症」と呼ばれる副作用を引き起こすことがあります。これは体内のカリウムが減り、ナトリウムが増えることで、むくみ、高血圧、筋力低下、不整脈などを引き起こすものです。特に高齢者や腎臓に持病のある方には慎重な処方が求められます。

眼科の外来では、目そのものの病気だけでなく、目の周囲の緊張や神経の過敏さが関係する症状も見られます。眼瞼けいれんやVDT症候群による眼精疲労に伴って、不安や不眠が背景にあるケースでは、このような漢方薬を併用することで改善が期待されることもあります。

最後に、今この季節、ふと足元を見ると咲いているヤブカンゾウの花は、私たちに「心を落ち着けて、自然とつながる時間の大切さ」を静かに語りかけているように思えます。かつて「忘れ草」と呼ばれたこの植物が、現代のストレス社会においても再び注目されるのは、決して偶然ではないのかもしれません。

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