今,なぜ医療倫理が必要か? 近藤峰生先生:記事紹介
今回の日本眼科学会機関紙「日本の眼科」では「医療倫理」がメインテーマに取り上げられている。」その最初の記事がこの近藤教授の今,「なぜ医療倫理が必要か?」であり、その答えは我々臨床医にとっても重要な点を述べていると思われたのでその要点を採録して置くこととした。
――記事の要点:―――
医療倫理の重要性
- 必修講習: 医療倫理は新専門医制度で必須の講習とされている。
- 倫理の定義: 倫理は道徳に加え、行動の理由づけを含む学問。
- 原則: 医療倫理には自律尊重、無危害、善行、公平の4つの原則がある。
- 現代の必要性: 多様な価値観を持つ患者の意思決定支援、医療過誤への対応、国民の信頼維持のために医療倫理が求められている。
――――記事を短縮して採録――――
は じ め に
この必修講習Aの講習の中で日本眼科学会と日本眼科医会は特に医療倫理を重要項目の一つ に位置付けており,日本眼科学会ホームページから医療倫理の講習をe-ラーニングで受講することができる。このの他に,専門医制度講習会,あるいは各地域の講習会などで医療倫理の講習は受講可能である。
Ⅰ.そもそも,「倫理」とは?
「倫理」の意味を調べると,「人間生活の秩序,つまり人倫の中で踏み行うべき規範の筋道」,あるいは「人として守り行うべき道」などが出てくる。この意味は「道徳」 とも似ているが,「倫理」は,“どうあるべきか”と いう道徳の要素に加え,さらに“なぜそうなのか” という解釈や理由づけを伴う。我々医師が医療倫理に照らし合わせてどのように行動すべきかを考える場合に は,「人として医師として,どうあるべきなのか」 に加えて,さらに「なぜそうなのか」をよく考える必要がある。 「倫理」は「法」とも異なる。「法は倫理の最低限度」と表現されるが,罰則などの強制力によって是非とも守らせなければならない最低限の規範だけが,「法」として定められる。その意味で,「法」は大きな「倫理」の範疇に含まれるといえる。
Ⅱ.医療に関連する様々な倫理の広がり
医療に関係する様々な倫理の種類 /倫理の種類と内容をまとめる:
1,医療倫理 /医師という専門職の職業倫理。2,臨床倫理:個々の患者の治療・ケア・などに関 する倫理 。3,看護倫理: 看護師という専門職の職業倫理。 5,生命倫理 生命に関わる抽象的な事柄も含めた 倫理。5, 研究倫理 研究者が研究活動を行うにあたって の倫理
古代ギリシア時代 に作られた「ヒポクラテスの誓い」はその代表的なものといえる。この誓いでは,「患者にはいかなる危害も加えない」「患者は身分を問わず扱う」「医師の地位を利用して不正を働かない」「患者の秘密を守る」など重要な倫理指針が述べられていて,現代の医学でも通じるものが多い。
Ⅲ.医療倫理の原則 医師が患者に接するにあたっての規範 となるべき倫理をまとめ上げたものが「医療倫理の原則」であり,以下に述べる4原則がよく知ら れている。これは1979年にビーチャム(T. L. Beauchamp)とチルドレス(J. F. Childress)が提 唱した原則で,日本の医療倫理専門家の清水哲郎の 3原則もこれに極めて近い。
清水の3原則では, 「無危害」と「善行」をまとめて「与益」としている。 1. 自律尊重(respect for autonomy)の原則:患者さんと十分なコミュニケーションを取り, 相手の意思を尊重した上で医療をすすめて行くという原則。 2. 無危害(non-maleficence)の原則:医療を行う際に患者にとってなるべく害を与えない, あるいは害を最小限にするという原則。 3. 善行(beneficence)の原則:慈悲と訳される こともある。 4. 公平(justice)の原則:医療資源には限りが あるので,これをなるべく公平かつ均等に 人々に与えるべきであるという原則。
Ⅳ.では今,なぜ医療倫理が必要なのか?
1.多様化する患者の価値観を踏まえた意思決定 を支援するために 医療の現場では多くの場合迷うことはない。しかし,治療法がまだ不確実であったり,無視できない副作用や合併症があったり,あるいは患者や家族がその治療に前向きでない場合などは意見が分かれることをよく経験する。そのような場合に医師が取るべき行動の方針として医療倫理が役立つ。特に近年では患者も多くの医療情報を得ることが可能になっており,患者の考え方や価値観も多様になっている。医師側の価値観を一方的に押し付けるのではなく,医療チームや患者・家族と十分なコミュニケーションを取り,相手の意思も尊重した上で医療をすすめていく。「自律尊重 (respect for autonomy)」の精神が今必要とされて いる。
2.医療過誤や医療訴訟をより深く理解して正しく対応するために
インターネットなどで様々な医療過誤や医療訴訟の事例を知ることができる。例えば眼科でもこれが問題になることがある。医師側 が間違いを隠さずに正直に対応する姿勢も,患者や家族の気持ちを考えた上で,誤解のないように十分 な説明の仕方を配慮することも医療倫理に関連して いる。
3.医師に対する国民の信頼を維持するために
医師に対する信頼や尊敬の念が国際的に低下しているといわれる。その理由として医師に対する患者の意識の変化の他に,医師による様々な不祥事なども原因になっていると考えられる。「医の倫理綱領」では,「医師は医業にあたって営利を目的としない」と記載されているが、医師は平均的な職業よ りも比較的高い給与を得られる職種である。その中で,「営利を目的としているようにみえる医師」 に対する世間の目は年々厳しくなっており,医師に対する信頼や尊敬の低下に繋がる。今回の「日本の眼科」で「わかりやすい臨床講座」の一つに「医療広告」が取り上げられた理由もこれによるものと考えられる。
4.臨床研究を行う医師に対する倫理の必要性 医学の発展のために研究は必要不可欠であり,人を対象とする臨床研究を行う場合は対象者に対する 十分な倫理的配慮が求められる。現在では,厚生労働省により「人を対象とする生命科学・医学系研究に 関する倫理指針」が定められ,全ての研究者がこれに従うことが明記されている。研究に参加する人に十分な情報がわかりやすい言葉で与えられたうえで,自発的に臨床研究に参加していただくことが求 められる。
お わ り に
医師が過剰になると,実際には必要がないのに 治療を行ったり,適応がない疾患に手術を行ったり,誇大な広告で患者を独り占めしようとする医師が必ず現れるということは海外の事例を見れば明らかである。そのような医師が増えると,良医が駆逐される。日本の医療が近い将来にそのような状態にならないように,また医師が今後も国民から尊敬され る存在であり続けて欲しいという思いから,「医療 倫理」が共通講習に選ばれたのであろう。
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