医療品の供給停止とグローバリズムの落とし穴──眼科診療も例外ではない現実
自由が丘清澤眼科 院長ブログ
最近、心臓血管外科の第一人者である南渕明宏・昭和医科大学教授が、日刊ゲンダイの「医療のミカタ」コラムにおいて、医療品供給の不安定化が深刻な問題であると警鐘を鳴らしておられました。その本質的な要因として「過剰なグローバリズム」の構造的弊害に言及されていた点は、私たち眼科の現場でも実感されるところです。
「いつも同じ」が崩れる医療の現場
南渕教授は、「恒産なくして恒心なし」という孟子の言葉を引用され、「医療現場では『安定供給』が前提であるにもかかわらず、それが崩れてきている」と述べています。実際に薬局で「在庫切れ」と言われ、困惑された経験のある患者さんも多いのではないでしょうか。
手術で使用する局所麻酔薬「アナペイン」が戦時需要によって供給不安に陥った例を紹介し、世界的な生産・流通網の依存がこうした不安定性の原因であると論じています。複数国にまたがる原料調達・製造・輸送のプロセスは、災害や戦争、経済摩擦の影響を受けやすく、いわば「リスクの拡大再生産装置」とも言える構造です。
眼科領域でも続いた供給不安
このような状況は、眼科診療でも例外ではありません。ここ2年ほどの間に、以下のような医薬品・サプリメントの供給停止や限定出荷が生じました:
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アダプチノール(網膜色素変性症の補助療法に使用):中東地域の緊張が背景にあり、輸入の滞りにより一時的に供給が停止。
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ジクアスLX点眼液:2024年、防腐剤成分の濃度異常による全ロット回収が行われ、全国的に欠品が生じました。
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アレジオンLX点眼液:2025年春より供給制限がかかり、一部薬局で入荷困難となりました。
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リザベンLX点眼液:需要集中や製造体制の調整により、一時的に出荷調整がかかりました。
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ツムラ抑肝散加陳皮半夏:原料生薬の品質問題により、限定出荷措置が講じられた時期がありました。
いずれも「突然の供給停止」により、私たち医療者が患者さんへの処方計画を調整せざるを得ない事態となりました。
安定供給を支える視点がいま求められている
医療機関として、こうした供給リスクに対して備えることは容易ではありません。「必要なときに、必要な医薬品がある」ことを前提に医療は組み立てられているからです。患者さんから「薬がなくなったらどうすれば?」と尋ねられても、明確にお答えできないもどかしさがあります。
もちろん、医薬品メーカーや厚労省も状況の把握と改善に努めてはいますが、根本的な問題は原材料を含む医療資源をグローバルサプライチェーンに過度に依存しているという構造にもあります。これはトランプ政権時代に強調された「自国回帰政策」の背景とも重なり合います。
最後に:眼科医の立場から考える
今後、眼科医療においても「供給安定性」という視点が重要になってくるでしょう。備蓄や代替薬情報の共有、医療機関間の連携など、できる限りのリスク回避策を日常の中に組み込む工夫が求められます。
医療は命と直結しています。だからこそ、医療品の流通を単なる経済論理だけで語るべきではありません。南渕教授の指摘に学び、眼科診療の現場からも「安定供給の尊さ」について発信していくことが、これからの医療者に求められる姿勢ではないでしょうか。
※参考:南渕明宏「突然止まる医療品の供給…行き過ぎたグローバリズムの弊害?」(日刊ゲンダイ、2025年5月17日)より
注追記:
「恒産なくして恒心なし(こうさんなくしてこうしんなし)」とは、安定した生活基盤(財産・生計)がなければ、安定した心(道徳心・倫理観)も保てないという意味の言葉です。
出典と意味の詳細
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出典:『孟子』の「梁恵王上」篇
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原文:
「恒産無き者は恒心無し。恒心無き者は禽獣に近し。」
※現代語訳:「恒産(安定した生計)がない者は、恒心(常に変わらぬ正しい心)を持つことができない。恒心のない者は、獣と変わらなくなる。」
解釈
孟子はこの言葉で、道徳的な振る舞いを人々に求めるには、まず生活が安定していなければならないと説いています。
たとえば:
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貧困のために今日食べる物がない人に対して「盗んではいけない」と説いても、その教えは実効性を持たないかもしれません。
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社会全体に倫理や秩序を求めるならば、まずは国や社会が人々に最低限の生活保障を提供すべきだ、という社会政策的な含意もあります。
現代での応用例
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政治や経済の場面で「貧困層の救済なくして教育の充実や治安の維持は望めない」といった主張に使われる。
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教育現場で「家庭の経済的困難が子どもの学力や生活態度に影響する」ことへの理解として引用される。
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