眼科医療経済等

[No.4189] トランプ大統領とイーライリリーの減量薬値下げ契約──その背景と医療への影響

トランプ大統領とイーライリリーの減量薬値下げ契約──その背景と医療への影響

最近、アメリカの大手製薬会社イーライリリー(Eli Lilly)がドナルド・トランプ大統領と契約を結び、同社の大ヒット減量薬の価格を引き下げると発表しました。その代わりに、アイルランドにある同社工場への関税免除などの特典を受けることになっています。これは単なる企業ニュースにとどまらず、医療や公的保険制度、そして私たちの健康観にも影響を与えかねない動きです。

◆ 大ヒット薬チルゼパチドとは

イーライリリーが製造する「チルゼパチド(tirzepatide)」は、GIP/GLP-1受容体作動薬という新しいタイプの薬剤です。糖尿病治療薬「マンジャロ(Mounjaro)」として開発されましたが、食欲抑制作用による強力な体重減少効果が注目され、肥満治療薬「ゼップバウンド(Zepbound)」としても販売されています。週1回の皮下注射で血糖値を改善しつつ体重を減らす効果が得られるため、米国では社会現象的な人気を呼び、需要が供給を上回る状態が続いています。

◆ 医療保険と価格の問題

しかし、この薬は高価で、1か月分で数百ドルから千ドル近くすることもあります。アメリカの公的保険(メディケア)は、糖尿病治療目的以外では原則として適用外でした。そのため、肥満や睡眠時無呼吸症候群を合併している場合のみ一部補償されるという複雑な状況でした。今回の価格引き下げと関税免除の合意により、今後は公的保険での使用が拡大する可能性が出てきています。結果として、糖尿病以外の人々にも「やせ薬」としての利用が広がるとの期待が高まっています。

◆ 企業業績への影響

リリー社は2025年第3四半期に売上高が前年同期比で54%増加し、そのうち約100億ドルがモウンジャロとゼップバウンドによる収益でした。この契約によって価格が下がっても、保険適用拡大と新規患者の増加により、結果的に販売数量は増えると見込まれています。さらに、アイルランド製造拠点へのトランプ関税免除はコスト削減につながり、同社にとって業績を押し上げる要因と見られています。

◆ 眼科医の立場から見た懸念

私はこれらの薬剤の血糖降下作用や代謝改善効果を臨床的に強く実感しています。一方で、当ブログでも繰り返し触れてきたように、急激な代謝変化が眼の健康に与える影響には注意が必要です。特に、糖尿病網膜症の進行や、まれではありますが黄斑変性の発症リスクについては、一部の研究で関連が示唆されています。急速な血糖コントロールの改善が、眼底の微小循環に一時的なストレスを与える可能性も否定できません。

◆ おわりに

チルゼパチドは、糖尿病治療と肥満改善の両面で医療のパラダイムを変える画期的な薬剤です。しかしその利用拡大の裏には、価格・保険制度・副作用といった多面的な課題が潜んでいます。薬剤の恩恵を最大限に受けるためには、眼底検査などを含めた定期的な全身管理が欠かせません。華やかな「やせ薬ブーム」の陰で、私たち医療者が冷静に見守るべき点も多いと感じます。


出典:

・Motley Fool, Eli Lilly Signs Deal With Donald Trump to Lower Weight-Loss Drug Prices, Nov 8 2025.

・Eli Lilly & Co. Press Release, 2025 Q3 Earnings Report.

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