小児の眼科疾患

[No.1688] 虐待の「冤罪」生まぬために:小児脳神経外科医、藤原一枝先生記事

虐待の「冤罪」を生まぬために 藤原一枝 小児脳神経外科医

生後2カ月の長男の頭部に重傷を負わせたとして、傷害罪に問われた父親を無罪とした大阪地裁判決が331日、大阪地検の控訴断念をもって確定した。硬膜下血腫などの症状を根拠に、児童虐待が疑われた裁判で、肉親が無罪となったのは2017年以降で13件目。「冤罪」の元凶は厚生労働省が全国の児童相談所に示している「子ども虐待対応の手引き」だ。

13年に改訂されたこの「手引き」は「90㌢以下からの転落や転倒で硬膜下出血が起きることはほとんどない」と記し、「家庭内の転倒・転落を主訴に受診した場合は、必ずSBS(乳幼児揺さぶられ症候群)を第一に考えなければならない」としている。SBSは子どもの頭が暴力的に揺さぶられて生じる頭部外傷で、「手引き」の記述は「硬膜下血腫、網膜出血、脳浮腫(脳の腫れ)の三つの症状があれば、激しく頭を揺さぶられたと推定できる」という「SBS仮説」に基づいている。

しかし90㌢以下の高さから落ちたり、転んだりして硬膜下血腫を起こす事例は国内で「中村Ⅰ型」として1965年に報告され、私たち脳神経外科医にはよく知られている。硬膜下血腫の乳幼児160人を対象とした、21年の奈良県立医大などの研究では、虐待疑いは3割に過ぎず、6割を低所からの転落・転倒が占めた。また今回の大阪の事件のように先天性の疾患や事故でも同じ症状は起こり得る。SBS仮説は破綻している。

「手引き」に脳神経外科の知見が反映されていないのは、児童虐待を専門とする医師らが作成の中心だったからだ。「虐待の見逃し」を恐れるあまり、科学的根拠が軽視されている。

さらに「手引き」は上意下達式に救急医療に関わる医師や児童相談所に浸透し、検察、警察に外因を疑うよう要求してきた。その結果、事件に至らずとも、児相に児童虐待を疑われ、我が子を数週間から数カ月分離されるケースが増えている。厚労省が初めて実施した実態調査では、19年度にあった親子分離は125例に及んだ

乳児の急性硬膜下血腫を多数手術してきた私は、問題の重大性を痛感した14年から「児相に赤ちゃんをさらわれた」と訴える両親の支援を始めた。児相に説明するための資料づくりなど、伴走した家族はこれまでに約30家族。また「さらわれた赤ちゃん」などの著作を通じて、不注意による事故の予防を啓発してきた。

中村Ⅰ型の事故はつかまり立ちや歩行を始める1歳前後に起きやすい。この時期は心理学的にも赤ちゃんが親の愛情を実感し、信頼関係を築く愛着形成期に重なり、長期間分離による赤ちゃんの退行と両親の悲嘆は計り知れない。

最近は頭のこぶだけで、虐待を疑われ児相に通告されるケースも増えている。脳神経外科など多職種の知見を生かした記述に「手引き」を改めるべきなのは言うまでもない。同時に重要なのは病院や児相や、警察など現場での運用だ。「虐待か否か」の見極めは現場での慎重な調査に基づくべきだ。通達されたルールに従うだけではなく、保護者と赤ちゃんの人権に最大限に配慮した対応が求められる。

 ふじわら・かずえ 3月まで東京都立墨東病院に勤務。運動中の脳しんとう問題にも取り組む。

藤原先生の虐待の「冤罪」生まぬためにという彼女の活躍の総仕上げとも言えべき記事が毎日新聞5月10日号に掲載されました。テキストでの原稿を受け取り輔弼いたしました。先の私の関連記事(日本医事新報)も再録しておきます。

乳児の眼底出血、所見から虐待の判断は可能?:日本医事新報自著記事から

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