モーニングセミナー「教授たちの理論と実践」を聴講して
~ヘッドアップ手術用顕微鏡「ARTEVO 850」の紹介~
本日、カールツァイス社が主催したモーニングセミナー「教授たちの理論と実践」を拝聴して来ました。このセミナーでは、最新の手術用顕微鏡「ARTEVO 850」が紹介され、ヘッドアップ手術(顕微鏡の接眼レンズを覗かず、モニターを見ながら行う手術)の利点が様々な角度から語られました。
緑内障手術における活用:谷戸正樹先生(島根大学)
谷戸先生は、特にトラベクロトミーの場面でこの機器の有用性を実感されていると述べられました。ARTEVOに搭載された前眼部OCTを活用することで、シュレム管の前部・中央・後部のどの部分が切開されたかをリアルタイムに把握できるというお話は非常に印象的でした。これは従来の顕微鏡では得られない、新しい情報の可視化と言えるでしょう。
網膜硝子体手術での応用:井上真先生(杏林大学アイセンター)
続いて井上先生は、網膜硝子体手術におけるARTEVO850の利用についてご講演されました。近年の手術用照明光は、RGB三色のLEDダイオードによって生成されており、その色合いはケルビン(K:色温度)単位で繊細に調整できるとのことでした。特に、黄斑に穴を開けずに膜を剥離する硝子体網膜牽引症候群の処置について、詳細な症例報告とともに紹介され、臨床的な応用の幅広さを感じました。
白内障手術における評価:大鹿哲郎先生(筑波大学)
最後に登壇された大鹿先生は、白内障手術にこの機器を使ってみたご自身の印象を述べられました。使用経験はまだ2日間とのことでしたが、この機器の長所と短所をふまえて総合的な評価をされていたのが印象的でした。
地域医療の視点から
緑内障や網膜疾患の患者さんを専門施設に紹介する際にも、現在どのような手術機器が使われ、どのような処置が可能なのかを町の眼科医が把握しておくことは大変重要です。また、ARTEVO 850には、日本の民生技術、特に高性能モニターや光学カメラ技術が応用されているとの話には勇気づけられました。
一方で、この装置は非常に高価であり、今後導入が広がることで、眼科分野における医療費全体の中での比重が高まるのではないか、という懸念も拭えませんでした。
―――――カールツァイス社の手術用顕微鏡「ARTEVO 850」の概要は以下の通りです―――――
カールツァイス社の手術用顕微鏡「ARTEVO 850」の概要を、従来の「OPMI LUMERA 800」および「OPMI LUMERA 750」との対比で、主に眼科手術における観点から整理してご説明します。
🔍【1】製品の概要とポジショニング
製品名 |
発売時期 |
特徴的な位置づけ |
OPMI LUMERA 750 |
約2010年頃 |
高性能な従来型顕微鏡。光学性能に優れる。 |
OPMI LUMERA 800 |
約2014年頃 |
光学+デジタル融合の端緒。Rescan 700(OCT統合)対応。 |
ARTEVO 850 |
2019年頃〜 |
世界初の完全デジタル手術用顕微鏡(“Digital Surgical Microscope”)。3Dモニタ観察。 |
🧠【2】主な技術的進化ポイントの比較
項目 |
LUMERA 750 |
LUMERA 800 |
ARTEVO 850 |
光学方式 |
光学式 |
光学式(OCT搭載可) |
完全デジタル式(カメラ+3Dモニター) |
視認方式 |
接眼レンズ |
接眼レンズ + モニタ補助 |
モニターのみ(「Heads-up surgery」) |
OCT統合 |
非対応 |
Rescan 700統合可能 |
Rescan 700が統合(デジタル連携強化) |
3D表示 |
非対応 |
一部対応(外付け) |
ネイティブ3D表示(55インチ4Kモニタ) |
視野の明るさ |
充分 |
改善あり |
デジタル処理で明るく、低照度でも視認性良好 |
術者の姿勢 |
顕微鏡を覗き込む |
同上 |
姿勢自由、肩こり・疲労軽減に寄与 |
録画・共有 |
限定的 |
可能 |
高解像・3D録画可能。教育・ライブ配信に有用 |
術中ナビゲーション |
外部連携 |
OCT等の表示可 |
OCT画像をリアルタイムに3D統合表示 |
👁🗨【3】眼科手術における利点
LUMERAシリーズ(750/800)
- 卓越した光学系(Carl Zeissの伝統的な光学技術)。
- 特に白内障手術において、赤反射(Red Reflex)強調機能が優秀。
- OPMI LUMERA 800は**OCT統合(Rescan 700)**で網膜硝子体手術にも対応。
ARTEVO 850
- Heads-up surgeryによって術者の身体的負担を大きく軽減。
- OCTのリアルタイム統合表示により、黄斑手術や網膜前膜剥離などで正確性向上。
- 手術教育・記録において、3D表示・録画機能が強力なサポート。
🎓【4】教育・チーム医療における進化
観点 |
LUMERA 750/800 |
ARTEVO 850 |
医師の教育 |
同軸観察は困難、モニタ補助 |
全員が同じ3D映像を共有可能(教示性↑) |
チーム連携 |
モニタ越し |
同じ視野を共有しながら手術できる |
学会・配信 |
2D映像録画 |
ネイティブ3D録画・ライブ配信可能 |
🧾【5】総括
- ARTEVO 850は「光学式顕微鏡」から「デジタル手術プラットフォーム」へのパラダイムシフトを象徴する機種です。
- OPMI LUMERAシリーズの光学的洗練に加え、術者の負担軽減、術中精度、教育支援、記録性を飛躍的に進化させています。
- 一方、光学的なリアルタイム性・色彩再現などにおいては「生の眼で見る」LUMERAシリーズに軍配が上がる面もあり、術者の好みや症例によって適材適所の選択が重要です。
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