米国の眼科手術の研修にも「格差」?
― 米国での10年分のデータが示した、性別と人種による研修経験の違い ―
■ 背景:全米レベルでの格差検証
米国の眼科研修では、研修医が卒業までに一定数の手術を経験することが求められています。これまで一部の研究では、女性研修医の手術経験数が男性より少ないという指摘がありました。しかしそれは、特定の施設のデータに過ぎず、米国全体の実態とは限りませんでした。
そこで今回、JAMA Ophthalmologyに発表された研究では、2014年から2023年までの全米の眼科研修医4811人について、手術経験数を詳細に分析しました。さらに、「URiM(医学界で過小評価されている人種・民族のグループ)」に属する研修医についても、研修中の症例数を調べました。
■ 結果のポイント(素人向けに要約)
- 女性研修医は男性よりも手術症例が少ない
– 最も重要視される「白内障手術」の経験数は、女性が平均で男性より**約8件(−4.4%)少ない
– 総手術数でも、女性は男性より約43件(−7.4%)**少なかった - URiM研修医は、白内障手術数は変わらないが、総手術数は少ない
– URiM(例:黒人、ヒスパニック、先住民族など)の研修医は、白内障手術では差は見られなかった
– しかし、その他の手術を含めた総手術数では非URiM研修医よりも約5%少ない - 影響の大きい分野
– 特に差が大きかったのは**屈折矯正手術(レーシック等)と網膜レーザー治療(PRP)**で、女性とURiMの研修医がどちらも経験数が少ない傾向にありました
■ 原典情報
論文名:Gender Differences in Case Volume Among Ophthalmology Resident Graduates, 2014-2023
著者:Susan M. Culican, MD, PhD et al.
掲載誌:JAMA Ophthalmology. 2025;143(6):490-497
DOI:10.1001/jamaophthalmol.2025.0935
■ 清澤のコメント:数字の背景にあるものとは?
本研究は、数千人規模の全国データに基づいており、極めて信頼性の高い分析といえます。特に注目すべきは、「白内障手術のような主要手技でさえ、性差が明確に存在している」点です。白内障は眼科医の基礎技能であり、この経験差が将来の臨床力や自信にも関わる可能性があります。
もちろん、この差が単に「チャンスの不平等」だけを反映しているとは限りません。たとえば、妊娠・育児中の時間的制約や、指導医の無意識のバイアス(アンコンシャス・バイアス)など、複合的な背景があると考えられます。
さらに、URiMの研修医についても、個別の症例に触れる機会が少ないことで、研修終了後の自立にも影響が出るかもしれません。今後は、これらの格差を可視化し、公平で多様性ある研修環境の整備が求められます。
私たちの医療現場でも、若い医師がどのような経験を積んできたかに目を向け、育成環境を丁寧に整えていく姿勢が大切でしょう。
殊に、先に述べたとおり、初期研修医から後期研修期間に結婚と出産を経験するかもしれない女性にとっては、平等な環境が保証されるだけでは乗り越えがたい問題かもしれませんし、話題は違いますが、研究や教育でのポジションを希求する研修医では手術経験が少なくなるかもしれません。これからの成長を目指す若い医師の皆さんには、長い目で見た自分の将来像を見据えた研修を目指していただきたいと思います。安易なマネタイゼーションの希求は禁物です。
■ 今後に向けて
このようなデータが公開されることで、「差があるのか?」ではなく「なぜ差があるのか?」「どうすれば差を埋められるのか?」という議論が進むことを期待します。
眼科教育の現場に関わる全ての人にとって、目を通す価値のある論文です。
コメント