フェンタニルと目の症状について:眼科医の視点から
◎ フェンタニル(fentanyl)は、非常に強力な合成オピオイド鎮痛薬であり、がん性疼痛や手術後の激しい痛みの管理などに医療現場で広く使われています。しかし、その強力な作用ゆえに、依存や呼吸抑制による死亡リスクも高く、乱用による社会問題も深刻です。
最近では名古屋市が米国向けフェンタニルの密輸中継地として使われていたという報道もあり、フェンタニルとその眼への影響についてあらためて整理しておきたいと思います。
1. フェンタニルの概要
項目 | 内容 |
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分類 | 合成オピオイド |
作用機序 | 中枢神経系のμ(ミュー)オピオイド受容体に強く結合し、痛みの伝達を抑制 |
鎮痛効果 | モルヒネの50〜100倍 |
主な投与法 | 静脈内・硬膜外注射、経皮吸収型パッチ(フェントステープ®等)、海外では経口・舌下・点鼻剤も |
2. 主な副作用
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呼吸抑制(最も重大)
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傾眠、めまい、吐き気、便秘
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意識障害、錯乱
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耐性や依存性の形成(長期使用時)
3. フェンタニルの視覚・眼への影響
フェンタニルは視覚に直接作用するわけではありませんが、中枢神経系への影響を通じて眼や視覚に関連する症状が現れることがあります。
(1)急性期の症状
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縮瞳(miosis):
オピオイドの特徴的所見で、両側の瞳孔が著しく小さくなる(ピンポイントピューピル。これはオピオイドではありませんが、1995年3月20日朝のサリン中毒の時にも見られました。)。 -
視界のぼやけ・複視・羞明:
中枢の意識混濁や眼筋制御の乱れに伴って生じることがある。
(2)慢性使用・中毒時の影響
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視覚的幻覚・錯視(まれ):
特に他の向精神薬と併用した際に起きやすい。 -
網膜や眼圧への直接影響は報告なし
ただし、呼吸抑制による低酸素血症が続くと、網膜障害や視神経障害が生じる可能性は否定できません。
4. 眼科的視点での整理
領域 | 所見 |
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瞳孔 | 強い縮瞳(典型的なオピオイド反応) |
視覚 | 一時的なかすみ目・羞明・錯視 |
神経 | 意識障害時に視覚情報処理が低下 |
重症例 | 呼吸抑制→低酸素→視神経や網膜障害の可能性 |
救急外来では、フェンタニル中毒による眼の所見が診断の重要な手がかりとなります。
■ 主な所見
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著明な縮瞳(miosis)
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最も典型的な眼の変化
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副交感神経優位による作用
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左右対称で非常に小さい(ピンポイント)
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重篤例では縮瞳が消失することも
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脳低酸素状態が進行すると瞳孔が拡大する場合がある
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視力低下や霧視は直接的には少ない
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ただし、昏睡や脳症により視覚反応低下を認めることがある
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眼球運動障害や羞明は典型的ではない
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ベンゾジアゼピン中毒などで見られるが、フェンタニルでは稀
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■ 診断上のポイント
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縮瞳+呼吸抑制+意識障害 → オピオイド中毒を強く疑う
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ナロキソン投与により症状が速やかに改善すれば診断確定的
6. 眼科医として知っておきたいこと
フェンタニル使用歴がある患者で視覚異常を訴える場合:
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中枢神経の影響(意識レベルや錯乱)
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縮瞳の程度と反応性の有無
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低酸素性脳症による視覚失認や皮質盲の可能性も考慮
神経眼科的にはMRIやVEP(視覚誘発電位)などの検査も有用です。
7. 清澤の脚注:オピオイド受容体研究の回想
Wangさんが東京医科歯科大学眼科の大学院生であった2002年頃、私たちはオメガ受容体の眼内分布に関する研究を行いました。フェンタニルの結合部位であるミュー受容体とは異なりますが、オピオイド関連薬剤研究には一定の居心地の悪さがあったことを思い出します。後にシグマ受容体はオピオイド受容体群から除外されたとも聞いています。
Wang WF, Ishiwata K, Kiyosawa M, et al.
Visualization of sigma1 receptors in eyes by ex vivo autoradiography and in vivo PET.
Exp Eye Res. 2002;75(6):723–730. doi:10.1006/exer.2002.2048
8. 一般向けまとめ
フェンタニルのような強力な鎮痛薬を大量に使用した場合、目の瞳(ひとみ)が極端に小さくなることがあります。これは薬が脳の神経に働きかけて目の筋肉を変化させるからです。特に意識がもうろうとしたようなときにこの瞳の変化を観察することで、医師が中毒の診断につなげることができます。
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