北方水滸伝のラストにおける宋江と楊令
宋江は朝廷や権力に翻弄され続け、理想として掲げてきた「義」の限界に絶望します。自らの最期を悟った宋江は、自殺を決意します。その場に立ち会ったのが、王進の養い子である楊令でした。宋江の「自ら死にたい」という意思を、楊令は受け止め、その死を助ける形で最期を看取ることになります。その後、楊令は静かに梁山泊を去っていきます。(この週末は従来の水滸伝の週末とは全く違います。そのあとの北方作品は楊令伝に津図いてゆくのでしょう。)
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北方謙三「大水滸伝」三部作を読む
〜宋代を舞台にした壮大な義の物語〜
私はこの秋、北方謙三の中国宋時代を舞台にした歴史小説をすべて読み直してみようと考えています。現在は水滸伝のみ読了したところで、道はまだ3分の一です。北方氏は『水滸伝』『楊令伝』『岳飛伝』という三部作で、北宋末から南宋初までの激動の時代を描き出しました。1999年から2016年にかけて刊行された全51巻、いずれも電子版で入手可能です。以下に、各作品の刊行年、物語上の歴史的年代、そして内容の概要を整理しました。
『水滸伝』(1999〜2005年、全19巻+別冊)
物語は12世紀初頭の北宋末期に始まります。政治は腐敗し、官僚や宦官の横暴で民衆は疲弊していました。そこで下級官吏・宋江が「替天行道」の旗印を掲げ、義を求める仲間を募ります。やがて晁蓋や林冲、魯智深、武松、李逵といった個性豊かな豪傑たちが梁山泊に集い、108人の好漢による一大勢力が形成されます。
北方版の特徴は、人物を単なる勧善懲悪の英雄ではなく、葛藤や矛盾を抱えた人間として描いた点にあります。梁山泊は戦略や組織運営に悩みながらも官軍と対峙し、壮絶な戦いを重ねます。最終的には多大な犠牲を払って瓦解に追い込まれ、宋江自身も悲壮な最期を迎えます。「義を生きる」ことの重さを描いた物語でした。
『楊令伝』(2006〜2010年、全15巻)
梁山泊壊滅後を舞台にした続編で、時代は1130年代頃と推定されます。北宋が滅び、南宋が成立する直前の混乱期、生き残った者たちは散り散りになりますが、若き楊令を中心に再び梁山泊が再興されます。
楊令は新世代のリーダーとして仲間を率い、民を守るために戦います。しかし課題は武力だけではなく、交易や自治の仕組み作り、組織内部の対立調整にも及びます。彼はときに非情な決断を迫られながらも、「義を次代に伝える」という信念を貫こうとします。梁山泊は単なる反乱軍ではなく、新たな秩序を模索する存在へと変貌していきました。
『岳飛伝』(2011〜2016年、全17巻)
最終作の舞台は1137年以降の南宋。主人公は史実でも名高い将軍・岳飛です。彼は岳家軍を率い、金との戦いに身を投じます。その軍は規律正しく、民を搾取せずに守る姿勢で広く支持を得ました。
岳飛の物語は、梁山泊の志を継ぎつつも、より大きな「国家と民を守る戦い」へと展開します。戦場は中国全土に広がり、さらには西域や日本まで視野が広がります。しかし外敵との戦いだけでなく、南宋内部の権力闘争や奸臣の妨害が岳飛の前に立ちはだかります。岳飛は義を貫きながらも、やがて悲劇的な結末を迎えますが、その精神は後世に燦然と輝き続けます。
まとめ
北方謙三の「大水滸伝」三部作は、刊行順に
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『水滸伝』(1999〜2005、北宋末)
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『楊令伝』(2006〜2010、1130年代)
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『岳飛伝』(2011〜2016、1137年以降)
と続きます。物語の年代は北宋末から南宋初の約40年。主人公は宋江、楊令、岳飛へと受け継がれ、いずれも「義」を旗印に民を守ろうと戦いました。
全51巻を通じて描かれるのは、戦場の勝敗以上に「組織をどう維持するか」「権力とどう向き合うか」「義とは何か」という問いです。梁山泊から岳飛へ続く物語は、宋代の激動を背景にしながらも、現代に通じる普遍的なテーマを内包しています。
電子版でまとめて読める今こそ、この壮大な歴史文学を通じて宋代の息遣いを追体験できるでしょう。
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