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[No.3950] 米国の平均寿命、コロナ前には戻らず ― カリフォルニア州の最新データから見えること

米国の平均寿命、コロナ前には戻らず ― カリフォルニア州の最新データから見えること

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界中の人々の命と健康に大きな影響を与えました。とくに米国では、パンデミックの最中に平均寿命が急激に短くなり、その後回復してきたものの、完全には元に戻っていないことが新しい研究で示されました。今回はその内容を紹介します。


背景:パンデミックで失われた寿命

「平均寿命」とは、ある年に生まれた新生児が、その年の死亡率がずっと続くと仮定した場合に平均して何歳まで生きられるかを示す指標です。実際の個人の寿命を予測するものではなく、社会全体の健康状態を映す「ものさし」です。

米国では2019年まで平均寿命が少しずつ延びていました。しかし2020年からのパンデミックで状況は一変し、死亡率の急上昇により寿命は大きく縮みました。今回の研究は、2024年までのカリフォルニア州の統計を使って、どの程度寿命が回復したのか、また人種や収入といった社会的要因で差がどう現れているのかを調べています。


研究の方法

研究者たちはカリフォルニア州の死亡記録(2019~2024年)と人口調査データを用いて各年の平均寿命を算出しました。さらに以下の観点から分析しました。

  • 収入格差:居住地区の所得水準を4段階に分けて比較。

  • 人種・民族:ヒスパニック系、アジア系、黒人、白人の4集団。

  • 死因別の影響:どの病気や原因が寿命の変化に寄与したのかを統計的に分解。


主な結果

  1. 全体の傾向

    カリフォルニア州の平均寿命は2021年に底を打ち、その後回復しました。しかし2024年時点でも2019年に比べて 約0.9年短いまま でした。

  2. 収入による格差

    最も所得が低い地域(Q1)の住民は、最も裕福な地域(Q4)の住民よりも大きな寿命の減少を経験しました。2021年にはQ1で4.25年、Q4で1.75年の短縮と大きな差が出ました。ただし2024年には、格差の幅(約5.6年)はパンデミック前とほぼ同じ状態に戻っています。

  3. 人種・民族による差

    2021年の寿命短縮はヒスパニック系で5.18年、黒人で4.04年と大きく、アジア系(2.73年)、白人(2.18年)に比べて深刻でした。その後、ヒスパニック系は回復して白人より寿命が長い状態に戻りましたが、その優位性はパンデミック前より縮小しました。また黒人と白人の間の寿命格差は、2019年の5.67年から2024年には6.52年へと拡大しています。


結論と意味すること

この研究が示したのは、平均寿命が全体として回復傾向にある一方で、完全にはコロナ前に戻っていないという現実です。とくに人種や所得による格差は依然として残っており、黒人の寿命が相対的に短い状況はむしろ悪化しています。寿命低下には感染症による直接的な死亡だけでなく、医療アクセスの不平等や慢性疾患管理の困難、社会経済的要因などが複雑に絡んでいます。パンデミック後の社会でも「健康の公平性」を守る政策の重要性が強調されます。


👨‍⚕️ 清澤のコメント

平均寿命の低下は「社会の健康診断結果」ともいえる重要な指標です。今回の研究は、寿命が回復傾向にあるにもかかわらず、完全には戻らない現実と格差の存在を浮き彫りにしました。

ここで一つの疑問が湧きます。「コロナで多くの高齢者が亡くなった結果、生き残った人の年齢層が若返ることで平均寿命が下がるのではないか?」という考え方です。実はこれは正しくありません。平均寿命は「その年の死亡率」に基づく仮想計算であり、社会に残っている人の年齢構成は影響しません。高齢層の死亡率が上がれば、将来その年齢に達する赤ちゃんも早く亡くなると仮定されるため、平均寿命は短くなるのです。つまり「残った人が若い」から下がるのではなく、「死亡率が上がった」から平均寿命が下がる、という仕組みです。この誤解は一般の方に多いため、医療者として丁寧に説明していきたいと思います。


出典

Schwandt H, Currie J, von Wachter T, et al.

The Failure of Life Expectancy to Fully Rebound to Prepandemic Levels.

JAMA. Published online July 9, 2025; 334(10):915-918.

doi:10.1001/jama.2025.10439

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