コロナ後の「ブレインフォッグ」と視覚の不調 ― 目にも現れる“思考の霧”の影響
新型コロナ感染症から回復した後、思考が鈍る・集中できないといった「ブレインフォッグ(脳の霧)」を訴える方が少なくありません。これは単なる疲労ではなく、注意・記憶・処理速度などの高次脳機能が一時的に低下する状態です。そして、このブレインフォッグには「視覚の扱いにくさ」が伴うことが多いことが、最近の研究で分かってきました。
■ コロナ後にみられる視覚的な問題
ポストコロナ(Long COVID)の患者では、次のような目や視覚の不調が報告されています。
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ピントが合いにくい、読書が疲れる(調節・輻輳不全)
COVID-19後に調節不全を呈した症例が報告され、近くを見るときにかすみや疲れが長引くことがあります。
(Alrashidi SH, Optometry Reports, 2023) -
眼球運動や瞳孔反応の異常
追従運動やサッケードが不安定で、めまいや集中困難につながる例があります。眼球運動計測で客観的な異常が示された報告もあります。
(Viñuela-Navarro V, Frontiers in Neuroscience, 2024) -
コントラスト感度の低下
“見えているのに見えづらい”という訴えの背景に、空間周波数全域での感度低下がみられる研究があります。
(Silva GM, Sci Rep, 2023) -
乾き・しみる・まぶしさ(フォトフォビア)
アンケート調査では、非入院例でも26〜60%の患者が視覚症状を経験しています。
(Mishra SK, Ocular Surface, 2022) -
視覚スノウ様の“ザラつき”
まれに、コロナ後に持続する視覚ノイズや後部ぶどう膜炎を伴う症例が報告されています。
(Braceros KK, Case Rep Ophthalmol, 2022)
■ 原因と考えられる仕組み
ロングCOVIDでは、脳の炎症や微小循環障害が報告されており、視覚情報処理にも影響する可能性があります。Zhaoら(EClinicalMedicine, 2024)は「長期的な認知処理速度の低下」を示し、Carmona-Cervellóら(Brain Sci, 2023)は「認知・平衡・視覚機能の連関障害」を指摘しました。視覚の不快感は、単なる眼球の異常ではなく、脳の情報処理過程の遅延として現れている場合もあります。
■ 眼科での対応
このような患者では、通常の屈折検査だけでなく、
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調節力と輻輳機能の評価(近点・融像幅)
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眼球運動とコントラスト感度の測定
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ドライアイ・まぶしさの評価(BUTや遮光指導)
が重要です。必要に応じてOCTやOCTAで網膜微小循環を確認します。近見での不快感が強い場合には、近用加算レンズやビジョントレーニングが有効なこともあります(Rouse MWら, Optom Vis Sci, 2019)。
■ 清澤院長のコメント
ブレインフォッグは脳だけの問題と思われがちですが、視覚系にも影響が及ぶことが明らかになってきました。眼科診療の現場でも、「コロナ後から目の焦点が合いづらい」「文字を読むと頭が重い」という訴えが増えています。こうした症状は、心因や加齢ではなく、調節・輻輳・情報処理の連鎖的な不具合として理解する必要があります。
眼鏡の度数を見直すことに加え、作業距離の調整や休憩の導入など、生活環境を含めたサポートが重要です。コロナ後の体調不良を「気のせい」とせず、眼科的な側面からも丁寧に評価していくことが、患者さんの回復を支える第一歩になるでしょう。
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