当医院でも私費診療での低濃度アトロピン点眼液による近視進行抑制治療を導入しておりますが、この診療の手引き(日本近視学会)が日本眼科学会雑誌の10月号に掲載されました。この話題は当ブログでも何回か取り上げていますが、この記事では素人向けに要約した要約を再録します。
(令和7年10月10日/日本眼科学会雑誌 第129巻 第10号/DOI: 10.60330/nggz-2025-035)
委員長:大野京子(東京科学大学)ほか
はじめに ― 初の「近視進行抑制」治療薬が誕生
2024年12月、参天製薬のリジュセア®ミニ点眼液0.025%が、日本で初めて「近視進行抑制」を効能に持つ薬として承認されました。これにより、医師は正式に低濃度アトロピン点眼による治療を行えるようになりました。
日本近視学会はこの新治療を正しく使うために、臨床現場での指針となる「手引き」を作成しました。
第1章 近視進行抑制治療の目的
治療の目的は、近視が進みすぎるのを防ぐことで、
-
裸眼視力と生活の質を保ち、
-
緑内障・網膜剝離・近視性黄斑症などの合併症リスクを下げること。
眼軸長(目の奥行き)の伸びを抑えることが、長期的な目の健康維持につながります。
第2章 小児近視の現状と問題点
小児の近視は、調節麻痺下で-0.5Dを超える屈折異常と定義されます。
日本では学童期に発症し、小学校高学年で進行が速く、10代後半で落ち着くことが多いですが、近年は低年齢化と重症化が進行。文科省調査でも、裸眼視力1.0未満の児童が年々増加しています。
放置すると将来の視機能障害につながるため、早期介入が不可欠です。
第3章 低濃度アトロピンとは
アトロピンはもともと散瞳薬として使われてきた成分ですが、高濃度ではまぶしさやピント不良などの副作用が問題でした。
しかし0.01〜0.05%程度の低濃度にすることで、副作用を抑えつつ近視進行を抑える効果があることが判明しました。
アトロピンは目の中でムスカリン受容体をブロックし、眼球が伸びるのを抑制すると考えられています。
第4章 治療を受ける対象
治療の対象は、
-
近視が進行しやすい学童〜10代前半、
-
両親が近視、屋外活動が少ない、近業時間が長い子ども、
などです。
ただし、5歳未満では安全性のデータが少ないため慎重に判断します。
第5章 治療の進め方
① 診断
調節麻痺剤(サイプレジン®)を用いて正確な屈折度を測定し、必要に応じて眼軸長も確認します。
② 点眼方法
就寝前に毎日1回1滴ずつ。
羞明や霧視の副作用を防ぐため、夜の使用が推奨されます。
③ 経過観察
最初の1か月後に安全性と効果を確認し、その後は3~6か月ごとに受診。
屈折度と眼軸長を測って、近視の進行を定期的に評価します。
④ 併用療法
屋外活動を増やし、スマホ・タブレットなど近業時間を減らす生活指導も重要。
必要に応じてオルソケラトロジーや多焦点眼鏡との併用が検討されます。
第6章 治療期間と中止のタイミング
近視は10代後半〜20代前半で進行が止まることが多く、
それまでは毎日継続するのが基本です。
2年間で中止した場合にリバウンド(進行再開)が起こることがあり、
香港のLAMP研究では特に若年での中止に注意が必要とされました。
中止後も半年ごとに屈折や眼軸長をチェックし、進行が見られたら再開します。
第7章 副作用と注意点
主な副作用は散瞳によるまぶしさ・近くのぼやけ。
通常は数週間で軽くなりますが、必要に応じてサングラスや遮光眼鏡を使用します。
また、点眼直後は自転車やスポーツなど危険を伴う活動を避けます。
薬は「近視を治す薬」ではなく、進行をゆるやかにする薬であることを理解する必要があります。
治療効果を実感しにくいこともあるため、グラフなどで進行抑制を可視化し、継続の意欲を保つ工夫が大切です。
終わりに ― 保護者とともに続ける治療
低濃度アトロピン治療は、家庭での協力があってこそ効果を発揮します。
子ども本人の理解(インフォームド・アセント)と、保護者の同意(インフォームド・コンセント)を得て、長期的に続けることが成功の鍵です。
出典:
低濃度アトロピン点眼液を用いた近視進行抑制治療の手引き
日本近視学会 治療指針作成委員会(委員長:大野京子)
日眼会誌129巻10号(2025年10月10日発行)
清澤眼科院長コメント:
この手引きの登場は、近視治療における大きな前進です。
特に「屋外活動」「低濃度アトロピン」「家庭でのオルソケラトロジー」の3本柱を意識することで、
小児近視の未来を守る取り組みが現実のものとなってきました。
コメント