パーキンソン病は腸から始まる?
― 胃腸組織にたまるαシヌクレインの「診断精度」と「予測因子」を調べた最新研究
(出典:npj Parkinson’s Disease, 2024)
◎背景
パーキンソン病は、手足のふるえ、動作の遅れ、筋肉のこわばり、姿勢の不安定さが主な症状で、脳の中に「αシヌクレイン(AS)」というタンパク質がたまることが病理学的な特徴とされています。
ただし、この脳内の変化は亡くなった後の検査でないと確定できず、「病気を早く、正確に診断する新しいマーカー」が長年求められてきました。
2000年代以降、「パーキンソン病は脳ではなく“腸から始まる”可能性がある」という Braak(ブラーク)仮説が提唱され、胃や食道の神経にもASの蓄積が見られることが報告されてきました。
しかし、これまでの研究は小規模で、検査方法もバラバラのため、診断としてどれほど役に立つのか、真の精度は分かっていませんでした。
◎目的
今回の研究は、
「胃腸の手術標本を用いて、αシヌクレイン蓄積がどれくらい正確にパーキンソン病を示すのか?」
「どんな患者にAS蓄積が起こりやすいのか?」
を明らかにすることを目的としました。
特に、腸の“上部から下部へ向かうほど蓄積が減る”という 「ロストロカウダル勾配」(頭側→尾側の濃度差)が注目されています。
◎方法
・パーキンソン病患者 97名 と、年齢・性別の条件を合わせた手術患者 94名(がん治療で胃腸手術を受けた患者)を比較。
・手術で切除された腸管標本を用い、神経組織に リン酸化αシヌクレイン(pAS) が存在するかを精密に検査(免疫染色)。
・腸壁をすべて含む「全層検査」と、通常の内視鏡で採れる「粘膜・粘膜下層のみの検査」を比較。
・どんな患者に蓄積が多いか、統計解析で予測因子を調べました。
◎結果
■診断精度
全層検査では
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感度:75.3%(病気があると正しく判定できる率)
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特異度:91.5%(病気のない人を正しく陰性と判定する率)
これは、従来報告されていた精度よりはるかに高い数字です。
一方、内視鏡で採れる 粘膜・粘膜下層だけ では
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感度 46.9%(半分以下に低下)
-
特異度 94.7%
つまり、「陰性だからといって病気でないとは言えない」ことが明確になりました。
■蓄積の分布(ロストロカウダル勾配)
パーキンソン病患者では
食道・胃 → 小腸 → 大腸
の順でAS蓄積が少なくなるという“上から下へ強く、下ほど弱い”勾配が確認されました。
■どんな患者に蓄積が多い?
・症状が出てから手術までの期間が長いほど蓄積が見られやすかった
(AS陽性群:平均4.9年、AS陰性群:1.8年)
・病気の期間と「ロストロカウダル勾配」は、AS蓄積の独立した予測因子
すなわち、AS蓄積は時間とともに増えるが、分布のパターン(上が多く下が少ない)は変わらない、という“時間的には進行するが、空間的には一定”という特徴が示されました。
◎結論
・胃腸組織のαシヌクレイン蓄積は、パーキンソン病の有力な診断補助マーカーとなり得る。
・ただし内視鏡生検では感度が低く、実用化には改良が必要。
・蓄積は病気の進行とともに増えるが、上部に多く下部に少ない“空間パターン”は一定である。
・これは、腸から脳へ広がるという仮説(Braak仮説)を裏付ける可能性がある。
―― 出典:NPJ Parkinson’s Disease. 2024;10:155.
◎清澤のコメント
腸内でのαシヌクレイン蓄積は長く注目されてきましたが、今回の研究は手術標本という高品質な組織を用いることで、精度の高いデータを示した点に大きな価値があります。
眼科臨床でも、パーキンソン病は眼球運動や瞬目の異常、羞明などに影響するため、早期診断は重要です。消化器組織のバイオマーカー研究が進むことで、将来的に 脳の病変を“体の外側で”推測する時代が来るかもしれません。
とはいえ、通常の内視鏡生検では感度が低いため、まだ一般診療で使える段階ではありません。今後は、生検法の改良や新しい検査技術の開発が期待されます。



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