糖尿病網膜症・加齢黄斑変性・網膜疾患

[No.4514] 網膜色素変性の治療ガイドラインを読んで ――「様子を見る時代」から「遺伝子を見据える時代」へ――

網膜色素変性の治療ガイドラインを読んで

――「様子を見る時代」から「遺伝子を見据える時代」へ――

最近、私は「眼瞼痙攣の治療ガイドライン」策定に関わる機会があり、また別の先生方の策定した小児の眼外傷(shaken baby syndrome)に関するガイドラインにも触れる機会がありました。その経験があったからこそ、今回公表された網膜色素変性診療ガイドライン2026を、あらためて一読してみたいと思いました。

最初に感じたのは、「形式が変わった」ということです。従来よく見られたQ&A形式ではなく、章立てによる体系的な構成になっています。一見すると昔ながらの書き下ろし型に戻ったようにも見えますが、内容の広がりと深化を考えると、むしろ自然な流れなのだろうと感じました。

この10年で、網膜色素変性(RP)を取り巻く状況は確実に変化しています。かつては「夜盲」「求心性視野狭窄」「網膜色素沈着」といった臨床所見をもとに診断し、進行性で根本治療の乏しい疾患として経過を見守る、という側面が強い病気でした。もちろん現在でも進行性疾患であることに変わりはありません。しかし、原因遺伝子の同定が進み、サブタイプの理解が深まり、一部では遺伝子治療が実用化される時代に入りました。

新版ガイドラインは、この変化を正面から受け止めています。診断の章では、視野検査やERG、OCTといった従来の検査を基盤としつつ、「可能であれば遺伝子型を明らかにする」という方向性が明確に示されています。これは理想論ではなく、遺伝子型が将来の治療選択や臨床試験参加の可否に直結する可能性があるからです。

一方で、各推奨項目には従来通りエビデンスレベルが明示され、根拠の質が丁寧に整理されています。遺伝子医療という新しい分野が加わっても、科学的根拠に基づく医療を基本とする姿勢は変わっていません。ここは安心できる点でもあります。

今回の改訂の意味を自分なりに整理するため、私は生成AIとの対話も試みました。前版(2016年版)との違いは何か。患者さんにとって何が変わるのか。一般眼科医や専門医に求められる姿勢は何か。対話を通して、診療の視点がより整理されたように思います。

特に強く感じたのは、「紹介のタイミングを意識する時代になった」ということです。以前であれば、外来で診断し、遮光眼鏡や定期検査を勧めながら経過を見ていくという診療が一般的でした。しかし現在は、遺伝子検査や専門的評価を行える施設が存在します。網膜の遺伝性疾患が疑われる場合には、一度は専門施設での評価を検討するという姿勢が重要になってきています。

これは決して「すべてを大学病院に任せる」という意味ではありません。むしろ、患者さんが将来受けられるかもしれない治療や研究参加の可能性を、早い段階で閉ざさないための配慮です。情報が広がった分、診療の選択肢も広がっています。

フォローアップについても整理が進みました。OCTでの外層構造評価や視野検査の頻度、進行評価の考え方などが具体的に示されています。EZラインの評価などは専門的で簡単ではありませんが、進行を客観的に捉える指標として重要視されています。また、就労支援、運転免許、障害認定など社会的支援への言及も増えました。RPは長い人生とともに歩む病気であり、医学的管理だけでは完結しないという視点が強調されています。

形式がQ&Aでなくなった理由も理解できます。遺伝子型、進行度、合併症、生活背景によって対応が異なる疾患を、単純な問いと答えで網羅するのは難しくなっています。体系的な章立ては、疾患理解が成熟してきたことの表れともいえるでしょう。

私自身は、かつて東京医科歯科大学(現・東京科学大学)で臨床教授を務めていましたが、退任して数年が経ちました。このたびご縁をいただき、横浜市立大学の客員教授として月に数回、神経眼科外来に関わらせていただくことになりました。地域の診療と大学医療の双方に接する立場から、今後も最新の情報を分かりやすくお伝えしていきたいと考えています。

網膜色素変性の診療は、「治らないから様子を見る」という時代から、「原因を探り、将来に備える」時代へと静かに移行しています。

医学の進歩は劇的に見えることもありますが、多くは地道な積み重ねの結果です。今回のガイドライン改訂は、その積み重ねが一つの形になったものだと感じています。患者さんと医療者が同じ情報を共有しながら歩んでいくための、ひとつの道しるべとして、大切に読み続けたいと思います。

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