社会・経済

[No.4522] 1929年の「世界恐慌」がなぜ“株価暴落”を超えて社会全体の崩壊にまで広がったのか

この文章は、1929年の「世界恐慌」がなぜ“株価暴落”を超えて社会全体の崩壊にまで広がったのかを、借金(信用)と銀行の仕組みから説明し、現代の投資や家計への教訓を示すものです。()ただしこの話の内容はウォーレンバフェットがログがしたものではありません。

まず被害の規模として、1929年9月に高値381ドルだったダウ平均が、1932年には41ドルまで下落し約89%も下がったと述べます。1000万円が3年で110万円になるような衝撃です。さらに、国全体の稼ぐ力(経済規模)が半分になり、失業率は最悪25%(4人に1人が失業)に達しました。職を失わない人でも賃金が大きく減り、「景気が悪い」を通り越して、お金の流れが止まり社会が動かなくなる状態が長く続いた、というのが恐慌の本質だと強調します。

原因について、この文章は「株価暴落が原因ではなく結果だ」と言います。なぜ1929年だけが特別に深刻化したのかは、当時の銀行と借金の仕組みが壊れ、連鎖反応が起きたからだ、という立場です。

1920年代のアメリカは、戦後の輸出で富を得て、大量生産(自動車)や電化(家電)で生活が便利になり、本物の成長がありました。ところが繁栄を加速させたのが「分割払い」で、将来の収入を前借りする形で消費が膨らみます。この“借金で買う”習慣が株式市場にも持ち込まれ、信用取引が急拡大しました。当時は株価の10%の現金があれば、残り90%を借りて株を買えるほど緩く、レバレッジが大衆に広がります。

しかしこの仕組みは、株価が上がり続ける前提でしか成り立ちません。株価が少し下がるだけで、証券会社は「担保が足りない、追加入金せよ。できなければ強制的に売る(マージンコール)」を行い、それが連鎖して“売りが売りを呼ぶ”状態になります。さらに当時は情報伝達が遅く、自分の資産がいくらか分からない不安がパニックを加速させた、と描かれます。

それでも、投資家が損をしただけなら“市場の悲劇”で終わったはずでした。世界恐慌が一般市民まで焼き尽くした鍵は「銀行危機」です。銀行は預金を貸し出して利息を得ますが、当時は株を買う人への貸し出しが多く、株価暴落で貸した金が戻らない噂が広がると預金者が一斉に引き出しに走ります(取り付け騒ぎ)。銀行は預金の全額を現金で持っていないため、現金が尽きれば閉鎖・倒産します。これが連鎖し、1929~33年に約9000行が消滅したとされます。しかも当時は預金保険がなく、銀行が潰れれば預金はゼロ。株をしていない堅実な市民まで無一文になり、消費が急減、企業売上が落ち、倒産と失業が加速します。生き残った銀行も貸し出し停止や強引な回収に走り、黒字企業まで資金繰りで倒れる――これが失業率25%、GDP半減につながった、という説明です。

さらに恐慌を長引かせた政策ミスとして、(1)高関税で報復を招き世界貿易が縮小したこと、(2)中央銀行が通貨価値維持を優先して金融を引き締め、お金の量が減ってデフレと倒産を悪化させたことを挙げます。

結論は「恐慌の正体は過剰なレバレッジ(借金)」という一点です。現代でも住宅ローンやレバレッジ商品、生活防衛資金を削る投資は同じ構造を作り得る。だから、悪い借金を減らし、数年分の現金余力を確保し、その上で余裕資金で投資する――危機の時に最後に頼れるのは国や銀行ではなく、自分の現金と知識だ、という教訓で締めくくられます。

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