眼瞼痙攣 ― 脳の中では何が起きているのか?
まぶたが勝手に閉じてしまう「眼瞼痙攣(がんけんけいれん)」は、見た目には目のまわりの筋肉の問題のように思えます。けれども、最近の研究では、原因は脳の中の「つながり方」そのものにあるのではないかと考えられるようになっています。
脳は一つの塊ではなく、たくさんの部位が電線のようなネットワークで結ばれていて、そこを電気信号が行き来することで、私たちは目を開けたり閉じたりしています。
脳は「町」と「道路」でできている
脳の中には、まぶたの動きを指令する「運動野」、その動きを感じ取る「感覚野」、そして信号を中継する「視床(ししょう)」など、いくつもの「町」があります。これらの町をつなぐ「道路」が神経のネットワークです。
健康な人では、この道路がしっかりつながっているので、情報(電気信号)がスムーズに流れています。ところが眼瞼痙攣の人では、道路がところどころ細くなったり、信号機がずれていたりするために、情報の流れが乱れてしまうことが分かってきました。
最近の研究が明らかにしたこと
2025年に発表された中国のYaoらの研究では、治療前の眼瞼痙攣患者39人と健康な人39人を比べ、MRIで脳の活動のつながり(functional connectivity)を調べました。
その結果、脳全体の働きは保たれていましたが、「視床」や「補足運動野(SMA)」と呼ばれる部分の局所的なつながりが弱くなっていることが分かりました。逆に、運動野や感覚野など、動きを直接担う部分では結びつきが強くなっており、「命令を出す部分が弱く、実行する部分が頑張りすぎている」状態が見つかりました。
つまり、脳の中のバランスが崩れているのです。
また、2021年に発表されたPanらの研究では、前頭葉の中でも感情や注意をつかさどる「前帯状皮質」でつながりが低下しており、逆に感覚や運動の領域でつながりが強くなることが報告されています。これは、感情的ストレスや緊張が脳の信号経路に影響し、まぶたの動きを乱す可能性を示しています。
脳の“つながりの乱れ”がもたらすこと
こうした研究から分かってきたのは、眼瞼痙攣は「脳の一部が壊れた」病気ではなく、脳全体のネットワークが微妙にゆがんでいる状態だということです。
信号を出すルートと止めるルートのバランスが崩れることで、まぶたを閉じる命令が止まらなくなり、ピクピクしたり、強く閉じてしまったりするのです。
この考え方は、将来の治療法にもつながります。現在の主な治療はボツリヌス注射で、筋肉を一時的にやすませる方法です。しかし今後は、脳のつながりそのものを整える方向の研究も進んでいます。たとえば、磁気刺激(TMS)や経頭蓋電気刺激(tDCS)によって脳回路をやさしく再教育する試み、あるいはマインドフルネスやリラクゼーションを通して過敏な脳を落ち着かせる方法などが注目されています。
患者さんへ
眼瞼痙攣は決して心の弱さや性格の問題ではありません。
脳の中の「通信回路」に少しノイズが入ってしまうようなものです。
ボトックス注射や生活の工夫で症状をやわらげながら、脳のネットワークを落ち着かせることが、この病気と上手につき合う第一歩になります。
参考文献
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Yao S. et al. Brain functional network topology and connectivity in primary blepharospasm. Frontiers in Systems Neuroscience, 2025.
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Pan J. et al. Abnormal global-brain functional connectivity in patients with benign essential blepharospasm. Frontiers in Neurology, 2021.
院長コメント
眼瞼痙攣の患者さんの多くは「筋肉の病気」と思われがちですが、実際には脳の中の情報伝達のリズムが少し乱れていることが背景にあります。脳のつながりを整える新しい治療の研究が進んでおり、今後は“脳のネットワークを回復させる医療”が注目されていくでしょう。焦らず、医師とともに少しずつバランスを整えていくことが大切です。
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