眼瞼けいれんと内服薬治療の最新知見――世界27,000例を解析した研究から見えた実態
眼瞼けいれんやメージュ症候群は、まぶたが自分の意思と関係なく閉じてしまう病気で、生活に大きな支障をきたすことがあります。現在もっとも効果が確立している治療はボツリヌス毒素注射ですが、実際の診療ではこれに加えて内服薬を使用することもあります。しかし、世界ではどのような薬が、どれほど使われているのでしょうか。この疑問に答えたのが、アメリカの大規模データベース「TriNetX」を用いて27,339人の患者を解析した Heo RJ ら(2025) の研究です。
この調査では、過去20年間の診療記録を調べ、患者の約半数で何らかの内服薬が処方されていることが分かりました。最も多かったのはベンゾジアゼピン系の薬で、日本で言えばリボトリールにあたります。次に多かったのが筋弛緩薬や抗けいれん薬、そして神経の興奮を抑えるガバペンチノイドで、具体的にはガバペンチンやプレガバリンがこれに含まれます。いずれも症状を和らげる目的で使用されますが、強い眠気やふらつきが出ることがあるため注意が必要です。
注目すべき点として、三つ以上の薬を同時に処方されている患者が四割近くいたことが挙げられます。これは高齢者医療では副作用を増やしやすい「多剤併用」の典型であり、眼科医としても慎重な判断が求められる部分です。また、処方率には人種・地域差もみられ、黒人患者では処方が多く、アジア人や男性、アメリカ南部の患者では少ないという結果が出ています。文化的背景や受診行動、医療制度の違いが影響している可能性があります。
興味深いことに、この研究では日本で時折使われるアーテン(トリヘキシフェニジル)や漢方薬の記載はありませんでした。分析が薬「クラス」単位で行われたため、こうした個別の薬剤は対象外だったと思われます。また、日本で補助的に処方される抑肝散や加味逍遙散などの漢方薬も本研究には含まれていません。米国で筋弛緩薬として使われるバクロフェンやチザニジン、あるいは抗けいれん薬のバルプロ酸やトピラマートなどは臨床上知られていますが、これらも決定的な効果があるわけではなく、あくまで症状の軽減を期待して使われる範囲にとどまります。
総じてこの研究は、ボツリヌス注射が第一選択であるにもかかわらず、世界では多くの患者が補助的に内服薬を併用し、その効果は限定的であることを示しました。眼瞼けいれんは「脳の過敏さ」が背景にある病気であり、一つの薬で完全に治る性質のものではありません。当院では、まずボツリヌス注射を中心に治療を行い、必要に応じて生活指導や適切な薬物療法を組み合わせ、患者さんの負担を最小限に抑えながら支援を行ってまいります。



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