白内障

[No.4301] 見えにくさだけが原因ではない― 高齢者の転倒リスクと「家の中の危険」を考える ―

見えにくさだけが原因ではない― 高齢者の転倒リスクと「家の中の危険」を考える ―

高齢になると「転びやすくなる」のは仕方がない、と思われがちです。しかし転倒は、骨折や入院、要介護状態につながる大きな問題であり、できるだけ防ぎたい出来事です。これまで、視力が低下すると転倒しやすくなることは知られていましたが、最近、視力と転倒の関係は、住んでいる家の環境によって大きく左右されることを示した研究が発表されました。

この研究は、米国の65歳以上の高齢者4,648人を対象に行われた大規模な調査です。参加者について、遠くを見る視力(遠見視力)と、明るさや影の違いを見分ける力(コントラスト感度)を測定しました。さらに、自宅の中に転倒につながりやすい危険があるかどうかを詳しく評価しています。具体的には、浴室に手すりがないこと、床の破損、つまずきやすい段差や障害物の有無などです。

調査の結果、意外でありながら重要な事実が明らかになりました。視力が低下していても、家の中に大きな危険がなければ、転倒との強い関連は認められなかったのです。一方で、手すりがない、床が壊れている、つまずきやすい場所があるといった家庭環境では、視力やコントラスト感度が低下するほど、転倒のリスクが明らかに高くなっていました。しかも、こうした危険が一つだけでなく、二つ以上重なっている家庭では、その影響がさらに強まっていました。

つまり、転倒の原因は「見えにくさ」そのものだけではありません。見えにくい状態で、危険な住環境に暮らしていることが、転倒を引き起こす大きな要因になっているのです。これは日常生活を振り返ると、とても納得のいく結果だと思います。

この研究が示す最大のポイントは、転倒予防には「目のケア」と「住まいの安全対策」の両方が必要だということです。白内障や加齢による視力低下がある方では、視力検査や治療に加えて、浴室やトイレへの手すり設置、床や段差の点検、夜間照明の工夫などを行うことで、転倒リスクを大きく下げられる可能性があります。

高齢者の転倒は「年齢のせい」で片づけるべき問題ではありません。目の状態を知り、家の中の危険を減らすことが、安心して暮らし続けるための現実的な対策であることを、この研究は教えてくれています。

【清澤のコメント】
眼科外来では「視力はそれほど悪くないのに、よくつまずく」「暗いところが怖い」という高齢の患者さんをよく見かけます。今回の研究は、視力検査の数値だけで転倒リスクを判断するのでは不十分であり、生活環境まで含めて考える必要があることを、科学的に示したものです。眼科医として、視力低下を見つけた際には、住環境の安全にも目を向ける助言を行うことが、これからますます重要になると感じました。

【出典】
Xu X, Clarke P, Sun MJ, et al.
Role of Home Environmental Hazards in the Association Between Visual Function and Falls Among Older Adults.
JAMA Ophthalmology. Published online December 11, 2025.
doi:10.1001/jamaophthalmol.2025.5057

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