エージェント・オレンジ曝露と稀な皮膚がん
――JAMA皮膚科学が示した、ベトナム戦争の「長い影」
2026年2月4日、JAMA Dermatology に、米国退役軍人における「アクラルメラノーマ(Acral Melanoma)」のリスク要因を検討した注目すべき論文が掲載されました。本論文は、ベトナム戦争中に使用された除草剤、いわゆる**エージェント・オレンジ曝露(Agent Orange Exposure:AOE)**と、稀な悪性黒色腫との関連に新たな知見を加えるものです。
背景:半世紀以上続く健康影響への懸念
米軍は1960年代から1970年代初頭にかけて、ベトナムで大規模な除草剤散布を行いました。その中に含まれていたダイオキシン(TCDD)は強い毒性を持ち、発がん性が疑われてきました。
戦後、退役軍人の間では、こうした化学物質曝露が将来の健康、とくに「がん」にどのような影響を及ぼすのかが、長年にわたり大きな問題となってきました。実際、米国では法律に基づき、エージェント・オレンジ曝露と健康影響に関する科学的検証が継続的に行われてきましたが、皮膚がん、とくにメラノーマとの関連については、これまで明確な結論が得られていませんでした。
今回の研究:アクラルメラノーマに注目
本論文で注目されたのは、アクラルメラノーマと呼ばれる特殊なタイプの悪性黒色腫です。これは、手のひら、足の裏、爪の周囲などに生じる稀ながんで、一般的なメラノーマとは異なり、紫外線曝露との関連が弱いと考えられています。
著者らは、米国退役軍人省(VA)の医療データおよびがん登録データを用いたネスト型症例対照研究を行い、アクラルメラノーマ症例と複数の対照群を比較しました。その結果、エージェント・オレンジ曝露が推定される退役軍人では、アクラルメラノーマの発症リスクが約30%高いことが統計学的に示されました。
結果の意味と限界
もっとも、アクラルメラノーマ自体は非常に稀ながんであり、仮に因果関係があったとしても、実際に追加で生じる症例数は多くありません。著者らも、集団全体への影響は限定的であると慎重に述べています。
一方で、本研究には重要な意義があります。これまで原因がはっきりしなかったアクラルメラノーマに対し、化学物質曝露という新たな病因の可能性を、実データに基づいて示した点です。
また、曝露評価は「曝露あり/なし」という行政記録に基づくもので、個々の曝露量を正確に反映していないという限界があります。しかし、このような誤分類は一般にリスクを過小評価する方向に働くため、著者らは「真の影響は、今回示された値より大きい可能性もある」と指摘しています。
結論:小さなリスクでも、科学的に向き合う
本論文は、ベトナム戦争という過去の出来事が、半世紀以上を経た現在でも、特定のがんリスクとして影響を残している可能性を示しました。
影響の大きさは控えめであっても、「証拠が乏しい」とされてきた領域に対し、質の高いデータを用いて一歩踏み込んだ点は高く評価されます。
眼科診療の現場でも、腫瘍随伴症候群や中枢神経疾患など、長い時間を経て現れる病態を考える場面があります。過去の環境曝露を軽視せず、科学的に検証し続ける姿勢の重要性を、本研究は改めて教えてくれます。
参考文献(1件)
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Olshan AF. Risk Factors for Acral Melanoma Among US Veterans. JAMA Dermatology. Published online February 4, 2026.
doi:10.1001/jamadermatol.2025.5771



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