眼窩吹き抜け骨折と複視 ― 手術前後の回復に影響する要因とは?
出典: Oku H, Watanabe A, Rajak SN, et al. Factors associated with diplopia before and after orbital blowout fracture reconstruction. Br J Ophthalmol. 2025. doi:10.1136/bjo-2025-327299.
背景
交通事故やスポーツ外傷などで顔に強い衝撃が加わると、眼球の周囲を囲む「眼窩」の骨が割れてしまうことがあります。特に薄い部分が破れて、骨の外側や内側に組織が飛び出す状態を「眼窩吹き抜け骨折」といいます。この骨折では、飛び出した脂肪や外眼筋が骨の隙間に挟まり、眼球の動きが制限されることで「複視」(ものが二重に見える症状)が生じます。
外科的に骨折部分を再建すると症状が改善する場合がありますが、術後も複視が長く残るケースもあり、その理由は明らかではありません。
目的
京都府立医科大学の研究チームは、眼窩吹き抜け骨折の手術前後において「複視の改善と関係する因子」を明らかにすることを目的に、大規模な後ろ向き調査を行いました。
方法
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対象期間:2009年1月〜2023年11月
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症例数:798例の眼窩吹き抜け骨折患者
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評価法:
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眼球運動の制限を「ヘス面積比(HAR%)」で評価
(HARは正常眼と障害眼の動きの範囲を比較する指標で、100%に近いほど動きが正常に近い) -
HAR%が85%以上を「比較的良好」と定義
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比較:年齢、性別、骨折部位、外眼筋の逸脱(骨折部から筋肉がはみ出す状態)、骨折で飛び出した組織の量などを解析
結果
手術前の状況(798例)
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HAR%≧85%:437例(54.8%)
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HAR%<85%:361例(45.2%)
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よい成績(HAR%≧85%)と関連があったのは:
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18歳以下(p=0.017)
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眼窩内に飛び出した組織量が少ない(p=0.001)
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外眼筋の逸脱なし(p<0.001)
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骨折部位が「内側壁骨折」(p<0.001)
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手術後6か月の状況(手術332例)
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HAR%≧85%:272例(81.9%)
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HAR%<85%:60例(18.1%)
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よい成績と関連があったのは:
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18歳以下(p=0.011)
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男性(p=0.014)
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外眼筋の逸脱なし(p=0.002)
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骨折部位が「内側壁骨折」(p=0.002)
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結論
若年、特に男性で、外眼筋の逸脱がなく、骨折部位が内側壁である場合、術後6か月時点で眼球運動が良好に回復しやすく、複視の改善も期待できることが分かりました。
これは、骨折の部位や損傷の程度、患者の年齢・性別が術後の視機能回復に影響することを示す重要な知見です。
院長清澤のコメント
この研究は、14年間に800例という相当に多くの症例数を集めており、眼窩骨折手術の予後を予測する上で非常に参考になります。ヘスチャートの健眼と受傷眼の面積を比較するという方法が特に優れています。診察時に患者さんから「手術で二重に見えるのは治りますか?」と質問を受けることがありますが、この結果は説明の裏付けとなります。特に若年者や外眼筋の損傷がない場合には、良好な回復が見込めることをお伝えできそうです。市中の開業医である私は近隣で今この手術が得意な大学に何はともあれ紹介することになりますが、最近の3年では印象に残る自験例は1例のみです。一方で、筋肉の逸脱や広範な骨折では回復に時間がかかる可能性があるため、術前の丁寧なカウンセリングが必要ですね。疾患の概要は以前の下の記事が詳しいです。
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