避妊薬と脳腫瘍 ― デポ酢酸メドロキシプロゲステロンと髄膜腫のリスク
髄膜腫とは
髄膜腫は脳や脊髄を覆う「髄膜」から発生する腫瘍で、成人に最も多い原発性脳腫瘍のひとつです。米国では原発性脳腫瘍全体の約40%を占め、特に女性に多く見られます。男女比はおよそ2:1で、女性ホルモンが関与していると考えられています。実際、髄膜腫の約7割はプロゲステロン受容体を発現しており、ホルモンの影響で腫瘍の成長が促進される可能性が示されています。髄膜腫は良性でゆっくりと進行することが多いですが、発生部位によっては視神経を圧迫し、視力低下や視野欠損を生じることがあるため、眼科医にとっても重要な疾患です。
避妊薬との関連性
従来からホルモン補充療法や一部の避妊薬が髄膜腫の発症に関与するのではないかと議論されてきました。特に注射型の長時間作用性避妊薬である「デポ酢酸メドロキシプロゲステロン(dMPA)」に注目が集まっています。フランスからの報告では、dMPAを長期間使用した女性で髄膜腫が有意に増加することが示されましたが、米国における大規模データでの検証は不十分でした。
今回の研究の目的
今回紹介する研究(Xiaoら、JAMA Neurology 2025年9月2日公開)は、米国の大規模医療データベース(TriNetX)を用いて、dMPAやその他の避妊薬の使用と髄膜腫発症との関連を調べたものです。研究の目的は、特にdMPA使用者における髄膜腫リスクを他の避妊薬や非使用者と比較することでした。
方法
2004年から2024年までに米国68の医療機関で診療を受けた女性患者6,158万人が解析対象となりました。この中で特定の避妊薬を使用していた群と、避妊薬を使用していない群を比較。傾向スコアマッチングを用いて年齢などの背景因子を調整し、髄膜腫の診断リスクを評価しました。対象薬剤はdMPA、経口酢酸メドロキシプロゲステロン(oMPA)、併用経口避妊薬、子宮内避妊具、プロゲスチン単独錠剤、皮下埋め込み型避妊薬です。
結果
最終的に1,042万人が解析に含まれ、平均年齢は33歳でした。
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dMPA群(約8.9万人):髄膜腫診断の相対リスクは 2.43倍(95%CI 1.77-3.33)と有意に増加しました。特に「4年以上使用」または「31歳以降に使用開始」した場合にリスク上昇が顕著でした。
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oMPA群:リスクはやや増加(1.18倍)しましたが、臨床的な影響は比較的小さいと考えられます。
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その他の避妊薬(経口ピル、IUDなど):リスク増加は認められませんでした。
さらに「害を及ぼすために必要な数(NNH)」は、dMPAで1152人、oMPAで3020人と算出されました。これは全体的にはリスクが低いことを意味しますが、長期使用例では注意が必要といえます。
結論
この研究は、dMPAを使用している女性において髄膜腫リスクが高まることを米国の大規模データで示した初めての研究です。リスク上昇は限定的であり、使用者全体の臨床的リスクは低いとされていますが、長期使用や高齢での開始には一定の注意が必要です。眼科診療においても、視神経障害を伴う髄膜腫は決して稀ではないため、患者の既往歴としてホルモン避妊薬の種類を確認することは有用です。
清澤のコメント
避妊薬は女性の健康と生活に大きな役割を果たしていますが、薬剤ごとに長期的な安全性に違いがあることが分かってきました。dMPAは特に長期に使用する場合にリスクが無視できない可能性があります。眼科外来でも視神経症状を示す腫瘍性病変の背景として、こうしたホルモン曝露歴を念頭に置くべきでしょう。
出典
Xiao T, Kumar P, Lobes M, et al. Depot Medroxyprogesterone Acetate and Risk of Meningioma in the US. JAMA Neurology. Published online September 2, 2025. doi:10.1001/jamaneurol.2025.3011
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