神経眼科

[No.4071] 自殺願望のある軍人および退役軍人のための簡単な認知行動療法:論文紹介

「自殺願望のある軍人および退役軍人のための簡単な認知行動療法 ― 軍の自殺予防介入研究 (MSPIRE) ランダム化臨床試験」

(Craig J. Bryan, PhD, ABPP ら, JAMA Psychiatry, 2025年10月8日掲載, DOI: 10.1001/jamapsychiatry.2025.2850

を一般向けにわかりやすくまとめたものです。


① 背景

アメリカでは2001年以降、自殺率が30%以上増加し、特に軍人の自殺率は約50%も上昇しています。軍や退役軍人の多くは、亡くなる直前まで精神医療を受けていたことから、医療現場での効果的な自殺予防介入が求められています。

そこで注目されたのが「Brief Cognitive Behavioral Therapy(BCBT:短期認知行動療法)」です。これは、感情のコントロール方法を学び、衝動的な行動を抑えるスキルを身につける心理療法です。従来の研究ではBCBTが通常の治療よりも自殺未遂を減らす効果を示しましたが、実際にほかの有効な心理療法と比較した検証は不十分でした。


② 目的

この研究では、自殺念慮や自殺行動を持つ軍人および退役軍人に対して、BCBTが自殺未遂をどの程度防げるかを明確にすることを目的としました。比較対象は、問題解決を中心とした心理療法「Present-Centered Therapy(PCT)」です。


③ 方法

2020年から2025年にかけて、アメリカ国内の3つの精神科外来で行われました。

対象は、直近1週間に自殺念慮、または1か月以内に自殺行動を報告した108人の軍人・退役軍人(平均年齢32.8歳、男性73%)

彼らを無作為に2群に分け、

  • BCBT群:短期認知行動療法、感情調節や危機対処スキルを学ぶ療法)

  • PCT群(;問題解決を中心とした心理療法「Present-Centered Therapy(PCT)」、悩みを話し合い、現状に焦点を当てる療法)

    を受けてもらいました。

その後、平均約2年間にわたり自殺未遂の発生と自殺念慮の変化を追跡しました。


④ 結果

追跡期間中、自殺未遂を起こしたのは以下の通りです。

  • BCBT群:2人(5.6%)

  • PCT群:8人(27.9%)

BCBT群では、自殺未遂のリスクが約75%減少(ハザード比0.25, P=0.04)しました。

また、自殺未遂までの平均期間もBCBT群では約756日と、PCT群(約639日)よりも長く、自殺行動の再発を防ぐ傾向が見られました。

一方で、自殺念慮の軽減効果は両群で同程度であり、どちらの治療も思考レベルの改善には寄与しました。


⑤ 結論

この研究は、短期間・構造化された認知行動療法(BCBT)が、高リスクの軍人や退役軍人における自殺未遂の再発防止に有効であることを示しました。

また、これは過去の研究結果を再確認するものであり、臨床現場でBCBTを自殺リスク患者に導入することの意義を裏付けています。


出典

Bryan CJ, Kazem LR, Baker JC, et al.

Brief Cognitive Behavioral Therapy for Military Service Members and Veterans With Suicidal Ideation: The Military Suicide Prevention Intervention Research (MSPIRE) Randomized Clinical Trial.

JAMA Psychiatry. Published online October 8, 2025. doi:10.1001/jamapsychiatry.2025.2850


清澤のコメント

軍人や退役軍人の自殺問題は、社会全体で長く課題となっています。

今回の研究は、「短くても構造化された心理教育的介入が、命を救う可能性がある」ことを具体的に示しました。特に、感情の波をどう扱うかを学ぶスキル訓練が、自殺衝動のピーク時に抑止力となる点は、一般の医療現場でも応用できそうです。

私自身も、在日米軍基地勤務で退役予定軍人の眼科的健康評価に月平均2例ほど参加しています。その際、退役軍人が抑うつや自殺念慮を抱いていると感じられる場合には、所定の報告義務があります。また、このほかにも神経眼科疾患患者の診療には認知行動療法の専門家を招聘して加わってもらって治療効果向上を図っています。

医療者として、視覚や身体機能の評価だけでなく、こうした「命のサイン」を見逃さない感度も求められます。今回のBCBT研究は、精神医療の枠を超えて、全ての医療従事者に示唆を与える重要な成果と言えるでしょう。

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