多発性硬化症を見分ける新しい手がかり
―エプスタイン・バーウイルス抗体の可能性―
中枢神経の病気の中には、見た目や症状が非常によく似ていて、診断が難しいものがあります。代表的なものが**多発性硬化症(MS)と、MOG抗体関連疾患(MOGAD)、そして視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)**です。これらは視神経炎を起こすこともあり、眼科医にとっても関係の深い疾患です。
背景
これら3つの病気は、いずれも中枢神経に炎症を起こす自己免疫疾患であり、MRI所見や症状が似ているため、正確な診断が難しい場合があります。
特に問題となるのが、血液検査で特徴的な抗体(MOG抗体やAQP4抗体)が検出されないケースです。このような「血清陰性例」では、診断がさらに困難になります。
近年、エプスタイン・バーウイルス(EBV)というウイルスがMSの発症に関与している可能性が注目されています。このウイルスに対する抗体の中でも、「EBNA-1」というタンパク質に対する抗体が、MSで特に高いことが知られてきました。
目的
本研究の目的は、
EBNA-1に対する抗体(IgG)を時間を追って測定することで、MSと他の類似疾患(MOGAD・NMOSD)を区別できるかを検証することでした。
方法
オーストリア・ドイツ・アメリカの複数施設で行われた後ろ向き研究で、
約2000人以上の患者(MS、MOGAD、NMOSD)と約2000人の健康者を対象にしました。
患者の血液を採取し、
診断後から複数回(最大4回)にわたりEBNA-1抗体の値を測定しました。
この「時間を追った変化(縦断的評価)」が本研究の特徴です。
結果
結果は非常に明確でした。
・MS患者の95%以上で、複数回の検査において持続的に高いEBNA-1抗体値が認められました
・一方、MOGADやNMOSDではこのような持続的高値は**ごく一部(約10〜20%)**にとどまりました
・特に診断が難しい「AQP4抗体陰性NMOSD」でも、この抗体はほとんど上昇しませんでした
つまり、
「持続的に高いEBV抗体=MSの可能性が高い」
という明確な傾向が示されました。
結論
この研究から、
EBNA-1抗体を繰り返し測定することで、MSと他の類似疾患を区別できる可能性が示されました。
これは、
・診断が難しいケース
・抗体が陰性で判断に迷うケース
において、非常に有用な「補助的バイオマーカー」となり得ます。
出典
Witjes H, Kühner LM, Berger SM, et al.
Epstein-Barr Virus Antibodies to Distinguish Multiple Sclerosis From Other Neuroinflammatory Diseases
JAMA Neurology. Published online March 9, 2026.
DOI: 10.1001/jamaneurol.2026.0240
神経眼科医清澤のコメント
視神経炎を契機にMSかNMOSDかで悩む症例は、臨床の現場でも少なくありません。本研究は「ウイルス感染の痕跡」を利用して疾患を見分けるという点で非常に興味深く、今後の診断精度向上に寄与する可能性があります。ただし現時点では補助的検査であり、臨床症状やMRIと組み合わせた総合判断が重要である点は変わりません。今後の前向き研究にも期待したいところです。
追記:EBNA-1抗体値とは、エプスタイン・バーウイルス(EBV)が体内に感染した後に作られる「EBNA-1(核抗原1)」に対する抗体の量を示す指標です。通常、初感染から数か月後に出現し、その後は長期間にわたり血中に保たれます。そのため、この抗体が陽性であることは「過去にEBVに感染したことがある」ことを意味します。最近の研究では、この抗体値の高さが多発性硬化症など一部の疾患との関連を示唆する可能性も注目されています。



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