気候変動と極端な暑さが私たちの体と脳に及ぼす影響—BMJ誌(英国医学雑誌)(2025年10月号)レビュー論文より—
気候変動によって、世界中で「これまでにない暑さ」が長く続くようになっています。2100年までに地球の平均気温は産業革命前より約2.7℃高くなると予測され、すでに熱中症や心臓病など、暑さによる健康被害が深刻化しています。このBMJの最新レビューでは、極端な暑熱がどのように体全体や臓器に影響するか、そして特に神経系への影響に注目しています。
体はどう暑さに耐えているのか
人間の体は、体温が上がると皮膚の血管を広げて熱を逃がし、汗を出して体温を下げようとします。しかし、外気温や湿度が高すぎると、汗が蒸発しにくくなり、体温を下げる機能が限界を超えます。この「熱ストレス」は、まず心臓や血管に負担をかけ、血圧の不安定、脳への血流低下、さらには臓器障害へとつながります。
脳や神経への影響
熱によって脳内温度が上昇すると、神経細胞の働きが乱れ、判断力や集中力が低下します。軽度では「ぼんやりする」「眠気」「めまい」などですが、重度ではけいれんや意識障害を起こします。熱ストレスに伴う脱水は、血液を濃くして脳血栓や脳卒中のリスクを高めます。また、近年の疫学研究では、猛暑が認知症やうつ病、不安障害、パーキンソン病などの発症率を上げることが報告されています。これは単なる体温上昇だけでなく、神経炎症やホルモンバランスの乱れ、睡眠リズム障害などが重なって神経機能を損なうためと考えられています。
視覚への影響
熱そのものが直接目を傷めることは少ないものの、脱水や血流低下によって網膜や視神経への酸素供給が不足し、一時的な視力低下やかすみを起こすことがあります。また、脳内温度上昇による視覚中枢の障害や、熱中症に伴う脳浮腫が視覚異常の原因になることもあります。暑さでの体調変化を「目の疲れ」と思い込んで放置するのは危険です。
全身への連鎖
心血管系では、熱波のたびに心筋梗塞や心不全の入院が増えることが確認されています。気温が1℃上がるごとに心疾患の死亡率は約2%増えるとされます。腎臓も熱に弱く、慢性腎臓病の患者では入院率が1割以上上昇。糖尿病や高血圧のある人は特にリスクが高いと報告されています。さらに、妊婦では早産や死産のリスクも上がり、高齢者や貧困層など「熱への弱者」に影響が集中しています。
医療・社会への提言
論文の著者らは、今後の医療ガイドラインに「熱曝露(熱へのさらされ方)」を正式に組み込むべきだと提言しています。診察時に「どのような環境で過ごしているか」を聞くこと、体温や脱水状態を評価することが重要になります。また、都市部のヒートアイランド現象や孤立高齢者の問題も含めて、社会的・地域的な温度対策が求められます。
🌍眼科医としての視点から
私たち眼科医も、視覚障害の背景に「全身の熱ストレス」が隠れていないか注意を払う必要があります。高温環境での疲労やめまい、視力低下を訴える人は、脳や循環の異常を疑うきっかけになります。気候変動はもはや遠い話ではありません。暑さの「体と脳への負荷」を理解し、個人と社会の両面から守る取り組みが必要です。
(出典:Xu J. et al. BMJ 2025;391:e084675, “Extreme heat under climate change: mechanisms and clinical implications.”)



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