昨日は東京駅付近のホールで開かれた乳児虐待に関する法律家主催のシンポジウムを聞いてきました。そこでこの問題を扱った書籍も入手してきました。その揺さぶられっこ症候群(SBS shaken baby syndrome)と虐待による頭部外傷(AHT abusive head trauma)を扱った「赤ちゃんの虐待えん罪」(秋田真志、古川原明子、笹倉香奈;編著)について、説明します。特にSBS/AHTをめぐる最近の議論状況はどうなっていますか?SBS/AHTの事件ではよく医学鑑定が使われていると聞きましが、どういう問題がありますか?SBS/AHT仮説の問題点について教えてください?あたりをこのブログ記事では述べます。
『赤ちゃんの虐待えん罪 ― SBS(揺さぶられっ子症候群)とAHT(虐待による頭部外傷)を検証する!』(秋田真志・古川原明子・笹倉香奈 編著)は、SBS/AHTの医学・法学・福祉の各視点から「三徴候(硬膜下血腫・網膜出血・脳腫脹)=激しい揺さぶり」の短絡的な当てはめを再検討し、誤った親子分離や冤罪を防ぐための考え方と実務上の留意点をまとめた入門的ブックレットです。2023年刊、全124頁で、近年の日本での無罪判決の流れや政策的課題にも触れます。源人+2龍谷大学+2
最近の議論状況です。日本では2017年に発足した「SBS検証プロジェクト」が海外動向を踏まえた検証と情報公開を続け、2020年代に入ってSBS/AHTが争点の刑事事件で無罪判決が相次いだことが広く共有されるようになりました。2025年10月にも、医学と司法のはざまで生じる冤罪をテーマに再検討を促す公開シンポジウムが案内されています。SBS検証プロジェクト+2SBS検証プロジェクト+2
国際的にも見直しが進みました。とくにスウェーデン政府の医療技術評価庁(SBU)は2016年の体系的レビューで、SBS仮説を単独で裏づける質の高い科学的根拠は不十分と結論づけ、診断は慎重であるべきだとしました。米国でも近年、AHT/SBSのみを根拠にした有罪が覆る事案や、診断には抑制が必要とする提言報道が続いています。J-STAGE+2ProPublica+2
SBS/AHT事件で医学鑑定が抱える代表的な問題は次の通りです。①循環論法の危険:三徴候があれば揺さぶりと結論づけ、その事例群から「三徴候は揺さぶりの証拠」と再確認してしまう構造。②選択バイアス:虐待疑い例だけを集めて解析し、特異度(それ以外では起きないこと)の検証が不足。③鑑別不足:早産・低出生体重、出血傾向、感染・低酸素、静脈洞血栓、外傷性でない硬膜下血腫、短距離転倒など代替診断の検討が欠落。④力学的不整合:成人が全力で揺さぶらないと成立しにくいレベルの加速度が必要という実験・数理の指摘と臨床所見が整合しないこと。⑤網膜出血の非特異性:重症感染や頭蓋内圧亢進、産科関連などでも多発・層状出血が起こりうるのに、所見の文脈評価が弱いこと。⑥用語置換の混乱:SBSをAHTと言い換えても、根拠の弱い仮説が実質的に温存される危険。これらは日本の検証サイトや学術総説でも整理されています。SBS検証プロジェクト+1
法廷での鑑定実務上の落とし穴も重要です。第一に、鑑定の独立性と交差尋問可能性(ピアレビュー相当)が弱いと、単独意見が「科学的確立」と誤認されます。第二に、臨床診断と因果推定(誰が・どうやって傷害したか)が混同され、医学的所見から行為態様や犯人像まで飛躍する点。第三に、基礎データや画像の開示不足で再鑑定が困難になる点。近年はこうした点を背景に再審・無罪や量刑見直しを求める動きが国内外で続いています。ProPublica+1
では、SBS/AHT仮説の中核的な問題点は何でしょうか。端的には、「三徴候の特異性が低いのに、単独で虐待の有力証拠とされてきた」ことです。体系的レビューでは、症例報告や自白依存の研究が多く、対照研究の質が低い・交絡調整が不十分という限界が指摘されます。よって、三徴候だけで虐待と短絡せず、病歴・発症状況・全身所見・血液凝固学・感染症・画像の経時変化・養育環境などを総合評価し、合理的疑いを残す限りは「冤罪リスク」に自覚的であることが求められます。本書はまさにこの実務的姿勢を一般読者向けにわかりやすく説いている点が強みです。J-STAGE+1
まとめると、現在の到達点は「虐待は現実に存在する。他方で、三徴候のみを決め手にしたSBS/AHTの断定は科学的裏づけが弱く、冤罪を生みうる。検査・鑑別・手続の適正化が必須」というものです。臨床・福祉・司法がそれぞれの責務のもと、開示と対話、再検討の仕組みを整えることが、子どもを守り、家族と市民の権利も守る最善策だと考えます。SBS検証プロジェクト+1



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