社会・経済

[No.3645] アメリカ先住民の「見えない健康格差」:JAMA新記事紹介

日々、新しく出版された医学雑誌のレポートがメールで届けられます。今日はアメリカインディアンやエスキモー(本文でこの語は使われていません)の平均余命のその他の人種との差が従来報じられていたものより約3倍も短いという研究が出ています。

アメリカ先住民の「見えない健康格差」──平均余命に潜む統計の落とし穴

アメリカの医療統計では、「平均余命」はその国の健康状態を測る指標としてしばしば使われます。ところが今回、**アメリカインディアンおよびアラスカ先住民(AI/AN)に関する驚くべき研究結果がJAMA(米国医師会雑誌)**に発表されました。

背景:なぜこの問題が見過ごされてきたのか?

米国では、死亡率などの公的統計が「死亡診断書」に記載された人種や民族の情報をもとに作成されています。しかし、死亡診断書に人種を記載するのは通常、葬儀社職員などであり、正確な情報を持っていないことも多いため、特に先住民族のデータが過小評価される傾向があると指摘されてきました。

このような誤分類の背景には、長年にわたる差別や同化政策によって先住民の文化やアイデンティティが意図的に抹消されてきた歴史もあり、研究者はこの状況を「統計的消去(statistical erasure)」と呼んでいます。

研究の目的と方法

この研究では、2008年のAmerican Community Survey(米国国勢調査局の調査)に回答し、自らをAI/ANと認識した人々を12年間追跡しました。調査対象者は全国で約410万人におよび、そのうち自己申告でAI/ANと答えた人は8万8千人以上にのぼります。

他の統計とは異なり、ここでは本人が自分の人種・民族を答えた情報をもとに、その後の死亡データを追跡する方法をとったため、死亡診断書の不正確な人種分類を回避することができました。

結果:実態は「公式統計」の2.9倍の格差

研究の結果、AI/ANの人々の平均余命は72.7歳であり、米国の平均(79.2歳)より6.5年も短いことが明らかになりました。さらに、死亡診断書ベースの従来の統計では、この差はせいぜい2〜3年とされており、今回の研究では従来の2.9倍の格差が隠れていたことになります。

また、死亡診断書に正しく「AI/AN」と記録されていた割合は、自己申告者のうちわずか**59.0%(単独AI/AN)と39.8%(AI/AN+他人種)**でした。つまり、多くの先住民の死が「他人種」としてカウントされているという深刻な現状が浮き彫りとなりました。

死因の内訳にも違いが

AI/ANの人々は心臓病やがんによる死亡が多いにもかかわらず、それらの死因は過小報告されがちである一方、薬物、アルコール、暴力といった死因では過大に報告されやすい傾向も示されました。これもまた、先入観に基づく偏見がデータに影を落としている可能性を示唆します。

結論:見えない格差への対応が急務

この研究は、死亡診断書の不正確な記録がもたらす「統計的な消去」が、先住民族の健康格差を覆い隠してきた実態を明らかにしました。平均余命の大幅な短縮という結果は、医療制度へのアクセス、教育、生活環境、歴史的な抑圧といった社会的要因と深く結びついています。

私たちが医療を考えるとき、「数値」はあくまで手段であり、背景にいる「人びと」を見落としてはなりません。特に、多様なルーツや歴史を持つ人々への支援には、正確で公平なデータ収集が不可欠です。

この研究は、そうした“見えない声”を浮かび上がらせる第一歩となるでしょう。


出典:

Hirschi MJ, et al. “Life Expectancy of Self-Identified American Indian and Alaska Native Individuals Compared With Other Racial and Ethnic Groups in the US.”

JAMA. 2025;329(22):1916–1927. doi:10.1001/jama.2025.4419

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