社会・経済

[No.4554] ホルムズ海峡とエネルギー価格 ―原油・LPガス、そしてインフレの歴史を考える―

ホルムズ海峡とエネルギー価格

―原油・LPガス、そしてインフレの歴史を考える―

最近の国際ニュースでは、中東情勢の緊張とともに「ホルムズ海峡をタンカーが通れなくなるのではないか」という話題が繰り返し報じられています。一般には「イランが船舶を攻撃する危険があるから航行できない」と理解されがちですが、実際にはもう少し経済的な事情が関係しています。最近指摘されている大きな理由は「船舶保険」です。

ホルムズ海峡はペルシャ湾とインド洋を結ぶ重要な海峡で、世界の海上原油輸送の約3割がここを通過すると言われています。日本に輸入される中東産原油の多くもこの海峡を通り、さらに家庭用のLPガス(プロパンガス)もかなりの割合がこのルートに依存しています。つまり、この海峡が止まれば日本のエネルギー供給に直接影響が出る場所なのです。

しかし、タンカーが通れなくなる理由は、必ずしも実際の攻撃だけではありません。大型タンカーは一隻で数百億円の価値があるため、事故や戦争に備えた保険に加入していないと航海できません。ところが戦争や軍事衝突が起きると、その海域は「戦争危険区域」とされ、保険会社が保険を引き受けなくなったり、保険料が極端に高騰したりします。すると船会社は航海そのものを見送らざるを得なくなります。つまり実際の攻撃が起きていなくても、「保険が成立しない」という理由でタンカーが止まることがあるのです。

もしこの状態が長引けば、日本への原油やLPガスの輸入は大きく影響を受けます。原油価格が上昇すると、ガソリン、電気、ガスなどエネルギー全体の価格が上がり、それが社会全体の物価を押し上げます。これは「コストプッシュ型インフレ」と呼ばれる現象です。

実際、歴史の中でも石油価格の急騰は物価上昇を引き起こしてきました。特に有名なのが1970年代のオイルショックです。1973年の第四次中東戦争をきっかけに産油国が石油輸出を制限し、原油価格は約4倍に跳ね上がりました。その結果、日本では物価が急上昇し、1973年の消費者物価上昇率は約11.7%、翌1974年には約23.2%に達しました。これは戦後日本で最大級のインフレで、この時期にはトイレットペーパーの買い占め騒動なども起きました。

その後1979年にはイラン革命をきっかけに第二次オイルショックが起きます。このときの日本の物価上昇率は1979年が約3.7%、1980年が約8.0%、1981年が約4.9%でした。第一次ほどではありませんが、それでも強いインフレが社会全体に広がりました。

石油価格がこれほど大きな影響を持つ理由は、石油が単なる燃料ではないからです。電力、ガソリン、輸送、化学製品、食品物流など、ほとんどすべての産業の基礎コストに関係しています。原油価格が上がると、エネルギー費用、輸送費、製造コストが順に上昇し、最終的に日用品や食品の価格まで押し上げてしまうのです。

もちろん現在は1970年代とは状況が異なります。石油備蓄制度が整い、エネルギー効率も改善されました。しかし日本は依然として資源の大半を輸入に頼る国であり、特に中東からの原油依存度は高いままです。もしホルムズ海峡の航行が長期間制限されれば、原油価格が上昇し、日本国内でもエネルギー価格や物価に強い上昇圧力がかかる可能性があります。専門家の中には、状況によっては数%から10%近いインフレ圧力が生じる可能性を指摘する声もあります。

遠い中東の海峡の出来事は、私たちの日常生活とは無関係のように見えるかもしれません。しかし実際には、ガソリン代、電気代、ガス代、そしてスーパーでの食品価格にまで影響する問題です。世界の政治や軍事の動きが、私たちの生活の物価とつながっているという事実を改めて意識しておく必要があるのかもしれません。

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