健康な目の「血液の排水路」を探る:脈絡膜渦静脈ドレナージシステムの新たな理解
(超広視野OCT血管造影を用いた中国人コホート研究から)
はじめに ― なぜ「目の血液の流れ」に注目するのか
私たちの目の奥には「脈絡膜(みゃくらくまく)」という豊富な血管の網があります。これは、網膜の外側に栄養を届けたり、老廃物を運び出したりと、目の健康維持に不可欠な役割を果たしています。
この脈絡膜の中で血液がどのように流れてどこへ排出されるかを決める「渦静脈ドレナージシステム」は、目の血液の“排水路”とも言える存在です。
これまでは、こうした血流パターンを調べるには造影剤を注射して撮影するICGAというやや侵襲的な方法が主でした。しかし最近では、超広視野OCT血管造影(UWF-OCTA)という、より安全で精密な技術が登場しています。この技術は患者さんへの負担が少なく、しかも立体的に血流の情報が得られるため、注目されています。
今回の研究の目的
本研究では、中国人の健康な成人を対象に、UWF-OCTAを用いて脈絡膜の血管構造と血液の流れの出口(渦静脈)の標準的なパターンを明らかにすることを目指しました。
これにより、将来の目の病気の早期発見や理解につながる基準が作れるのではないかと期待されています。
研究の方法
中国国内の複数施設で、20歳以上の健康な成人515名の目(片眼)を対象に行われた大規模な横断研究です。全員に包括的な眼科検査を実施し、UWF-OCTAという機器で脈絡膜の血流や厚み、血管の量、間質の体積などを4つの象限(上鼻側、下鼻側、上耳側、下耳側)ごとに3次元的に測定しました。
図説明;図1. 超広視野OCT血管造影のスキャンプロトコル。
24×20mm²の脈絡膜中~大血管画像は、中央(A)、上耳側(B)、上鼻側(C)、下耳側(D)、および下鼻側(E)の領域に取得された。
脈絡膜パラメータは、9×9mm²の領域(赤の点線枠:上耳側、上鼻側、下耳側、下鼻側の各象限)および6×6mm²の領域(赤の点線枠:中央象限)で収集された。各主要な渦静脈アンプラ(白い矢印)は、OCT血管造影のBスキャン上に表示されている。
さらに、年齢や性別、眼の長さ(眼軸長)などがこれらのパラメータにどのように影響するかを、多変量解析で詳しく調べました。
主な結果
- 年齢とともに脈絡膜の血管や厚みは減る:
特に50歳を超えると、脈絡膜の厚みや血管量が明らかに減少していました。 - 眼軸長が長い(つまり近視が強い)と側頭部の脈絡膜が薄くなる:
黄斑領域(視力の中心)が薄くなる傾向と、特に上耳側(ST)方向の渦静脈との関連がありました。 - 男女差も見られた:
ST方向の脈絡膜血管指数(CVI)は性別と有意に関係しており、男性と女性でわずかに異なる傾向がありました。
この研究の意義と今後への期待
この研究は、これまで不明瞭だった健康な目の脈絡膜血流の「標準的な状態」を大規模かつ非侵襲的に明らかにした点で、非常に重要です。
特に、加齢や近視の進行によってどの部位の血流が変化しやすいのかが可視化されたことにより、加齢性黄斑変性や近視性黄斑変性などのリスク評価や診断への応用が期待されます。
また、将来的にはこの「正常データ」が、脈絡膜の病気の早期発見や治療効果の判定に使われるようになるでしょう。
非侵襲で手軽に使えるUWF-OCTAがさらに普及すれば、目の健康管理の精度も大きく向上するかもしれません。
まとめ
脈絡膜の渦静脈システムは、目の中で血液の“排水”を担う重要な役割を果たしています。
今回の研究は、UWF-OCTAという先進的な機器を用いて、多くの健康な中国人の目から、正常な血流パターンとその変化を年齢や眼の形状とともに明らかにしました。
これにより、今後は病気の兆候を早期に発見したり、治療の効果をより正確に評価できる道が拓けたと言えるでしょう。
出典
Luo Z, Li Z, Yu Y, et al. Profiles of choroidal vortex vein drainage system using ultra‑widefield OCT angiography in a Chinese population. Ophthalmology Science. 2025;4:100768. doi:10.1016/j.xops.2025.100768
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