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[No.2272] 戦争とPTSD:診療研究594

東京保険医協会から送られてくる診療研究(⇒HPにリンク)に「戦争とTSD」が特集で取り上げられていました。まだホームページには出ていませんが、本文を読み直して概要を紹介します。米軍の退役する軍人の健診ではPTSDを述べる兵士に出会う事も有りますし、江東区の東京大空襲の資料館は私も一度ならず訪れています。

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Bingで見ますと:戦争によって引き起こされる心的外傷後ストレス障害(PTSD)は、命の安全が脅かされるような出来事(戦争、天災、事故、犯罪、虐待など)によって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらしているストレス障害です1。PTSDの症状には、恐怖や無力感、心的外傷関連の刺激の回避や麻痺、反復的かつ侵入的、苦痛である想起、過度の覚醒などがあります1。治療には、精神療法においては認知行動療法やEMDR、ストレス管理法などが有効である1。また、成人のPTSDにおける薬物療法はSSRI系の抗うつ薬が有効であるが、中等度以上のうつ病が併存しているか、精神療法が成果を上げないあるいは利用できない場合の選択肢である1。日本および国際的なガイドラインにおいて、ベンゾジアゼピン系の薬剤の効果は疑問視されている1。とのこと。

    ーーーー特集記事の概要ーーーーー

〇 戦争の影響と臨床経験をつなぐもの:竹内真弓氏は2023年9月に行われたシンポジウムでショックを受けたことが書かれている。太平洋戦争から帰還した父親がPTSDであり、家庭内で暴力をふるう粗暴な家族の支配が連続した例を挙げている。暴力、支配、アルコール依存症、貧困、性虐という昭和の家族の病理について考えている。PTSDは1970年代、ベトナム戦争で兵士が受けた心理的後遺症やレイプトラウマの研究から始まったとのことである。

〇臨床の場でトラウマを診療すること: 蟻塚亮二氏は沖縄戦によるPTSDや身体表現性障害、外傷性精神障害を診療した。トラウマ(心的外傷)後にはほぼ共通したトラウマ反応が見られるという。筆者は東京大空襲による被災者のトラウマ反応に言及し、またその第2世代も豊かな親子関係を育てることが困難だったと想像している。奇妙な不眠が、過覚醒不眠(hyper-arousal insomnia)であり、沖縄戦における晩発性PTSDに見られたとしている。また著者は、PTSDにはしばしば非定型うつ病が併発するとしていた。

〇 父を苦しめた戦争の正体で黒木秋夫氏は述べる。国府台陸軍病院が1938年PTSDを発症した日本兵の専門病院として秘密裏に作られ、「PTSDの日本兵」は隠された。(隠された日本兵のトラウマ NHK)。「PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会」というものもある。それらの人々の経験は「ベトナム戦争でPTSDを発症し、家族への暴力で家族関係も崩壊させてしまった」と話すアレン・ネルソン氏とも共通する。戦争は兵士を傷つけるだけでは終わらず、その後暮らした家族の生活にも大きな影響が有ったとしている。その数は800万の従軍日本兵のうち300万人前後がPTSDを発症したと推定している。

〇 「いま、東京空襲とそこでの人びとの体験に向き合う」で東京大空襲・災害資料センター学芸員比江島大和氏は述べる。センターは1970年代の市民運動を母体として作られた、民立民営博物館である。1945年3月10日の「東京大空襲」に続き、4月5月にも4回の大規模空襲があった。東京区部の市街地の半分が焼失、約70万戸・300万人が被災、負傷者15万、犠牲者は10万5000人以上。空襲体験をめぐるトラウマが存在する。「心の傷」を抱えた体験者が苦しみながらも空襲体験を伝えてくれるおかげで、私たちは、何とか空襲の実態を知り、そこから学び、次代のために生かしてゆくことができる:と述べている。

〇 繰り返し引き寄せる戦争の記憶:原爆の図丸木美術館 岡村幸宣:埼玉県東松山市に原爆の図 丸木美術館は有る。この絵は丸木位里(1995年没)・丸木俊(2000年没)2人の共同制作である。2人は位里の故郷広島市への入市被ばく者であった。他者の声に耳を傾け、痛みの記憶を注ぎ込む器のような絵画になっている。

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