【研究を愛するすべての人へ】
――東北大学が描く「知の国際連携」とその挑戦にエールを送る
6月6日付の朝日新聞に、東北大学が今後5年間で300億円を投じて、国内外から500人ものトップ研究者を採用するという、大胆かつ希望に満ちたニュースが掲載されました。冨永悌二総長のもとで進められるこの計画は、世界の第一線で活躍する研究者にとって、東北大学が真の「研究の拠点」として再認識される転換点となることでしょう。
今回の計画は、単に研究者数を増やすだけでなく、量子技術や半導体といった最先端分野において、米国の有力大学との共同研究拠点まで視野に入れている点が非常に意欲的です。しかも「報酬に上限を設けない」という姿勢には、研究者の価値に真摯に向き合おうとする覚悟が感じられます。
私はかつて、東北大学のキャンパスで学び、後にアメリカ・ペンシルバニア大学でも研究の現場に身を置きました。東北大学に在籍していたのは1960年代、そしてペンシルバニア大学に渡ったのは1980年代末のことです。時を経て、今や冨永総長として先頭に立つ数年後輩の姿を、身近に見てきた者として、その挑戦と構想力に大きな敬意を抱いています。
日本には、東京大学や京都大学といった長い歴史と伝統を誇る「学術の塔」が存在します。しかし、東北大学はそうした“中央の威光”に守られる存在ではなく、むしろ地方大学として、独立独歩の「研究第一主義」を掲げ続けてきた大学です。その地盤が今、新しい時代の風に乗って、大きなうねりを起こしつつあるのは、研究者の端くれとして本当に心強いことです。
今回の計画には、アメリカで研究の継続が困難になっている若手研究者や、中堅の専門家たちの新たな居場所としての「受け皿」という意味もあるようです。日本の大学が国際的な研究者の“避難港”となるのではなく、むしろ“発信地”として機能し始めていることは、これからの学術の在り方を示唆しています。
自分の経験に照らしても、異なる文化や言語の中で学び、そして研究を進めることは、何よりも自分の視野と価値観を拡張してくれます。そうした国際的な知の往来を、東北大学が積極的に支援していくことは、日本の未来を見据えた極めて建設的な試みだと感じています。
これからの時代、大学は“学位を与える場所”ではなく、“問いを生み出し続ける場所”であるべきです。東北大学の新たな挑戦が、多くの若い研究者の希望となり、学問の灯をさらに強く照らすことを心から願っています。
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